人狼坊ちゃんの世話係

セシル君は素直になりたい(3)

 ヴィンセントの返事は、いつになく歯切れが悪い。
 ボクはヴィンセントの顔をじぃっと覗き込むと続けた。

「一人になる時間がちょっとしかなかったとはいえ、
 皆無ってわけじゃないし。
 もしかして、そういう時……エッチなお店に行ったりしてた、とか?」

「それはない。そういうのは教義で禁止されていて――」

「教義って、教会から離れて何年経ったと思ってるのさ」

「……お前は何が言いたいんだ?」

 ボクの言いたいこと?
 唐突な問いに、ボクは口をパクパクさせた。

「ボクは……その……」

 ボクは、自分だけ恥ずかしいことを知られたのは
 フェアじゃないと思っている。
 そもそもの話、夢の中で淫らなことをしてきたのは
 ヴィンセントの方だ。

「お前ばっかり、ズルいと思う」

「つまり、そういった大人の店に興味が湧いたという事か?」

「はっ!?」

「年齢を考えれば、不自然ではないか」

「ちがっ……そうじゃなくてっ……」

 フッと微笑むヴィンセントの眼差しは、
 お兄ちゃんとか、そういう年長者の余裕みたいなものが滲んでいる。

 なんか……すっごいムカついた。

「ってか、なんでそんなニコニコしてるわけ?
 ボクが知らない人とエッチなことしてもいいんだ!?」

 地団駄を踏んで、ボクはヴィンセントに詰め寄る。
 彼はこちらの剣幕にちょっとだけギョッとして、
 戸惑ったように小首を傾げた。

「……セシル。本当にお前が何を言いたいのか分からないんだが」

「ボクだって分かんないよ!!」

「分からないって、お前な……」

 ボクは何を言いたいんだ?

 『自分が夢精したのを知られて恥ずかしかった』
 『その相手がヴィンセントなのが、また、なんというか悔しい』

 だから。つまり。ええと……

「……」

 考えを巡らせたボクは、一瞬、頭部が弾け飛んだと思った。

 つまり、ボクは、
 『ヴィンセントに、ボクが原因で夢精して欲しいと思っている』。
 そういうこと? 嘘でしょ? ありえない!

「……セシル?」

 お互いがお互いのことを思って、射精するだなんて……
 それ、もう……エッチじゃん。
 エッチじゃん!?

「うぁ……」

 ボクは何を考えてるんだろう?
 なんで、ボクがヴィンセントとエッチしたいみたいになってるだよ?
 意味がぜんっっっっぜん分かんない!

 ボクは勢いよく自分の両頬を手で引っぱたいた。
 顔がとろけそうなほどに熱い。

 やだ。
 やだやだやだ。やめてくれ。

「……おい。大丈夫か」

 目がグルグルする。
 夢を思い出して、
 頭の中が沸騰する。

 でも、ヴィンセントはいつも通りだった。
 いつも通り冷静で、ボクを見る眼差しは優しくて、
 ボクが何を考えてるか分からなくて、戸惑ってる。

 ……ムカつく。

 なんでボクばっかり、こんな……
 こんな、ドキドキしなきゃならないんだよ?

 ヴィンセントが心配そうにボクの顔を覗き込んできた。

 その彼の胸ぐらを、ボクは掴んで引き寄せた。
 何も考えてなかった。
 ただ、ボクは……悔しさに背中を押されるようにして、
 夢の中みたいに、唇を重ねた。

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