人狼坊ちゃんの世話係

セシル君は素直になりたい(2)

* * *

 ああああっ! もう何であんな夢見ちゃったかな……!?

 情けない気持ちで、ボクは汚れた下着を洗った。
 思い起こされるのは、
 ユリアの屋敷からの帰り道――馬車の中でのことだ。

『お前と一緒に生きたいのは、俺も同じだ』

 ヴィンセントに、そう言われたせいに違いない。
 いや、もっと遡れば、
 ユリアとバンとの、い……イチャイチャしている場面を
 目撃してしまったせいであり……

「……ってか、一緒に生きたいってどういう意味だよ」

 誰にともなく呟いて、ボクは石鹸で泡まみれになったパンツを濯いだ。
 やっぱり彼は……まだボクのことに責任を感じているのかも、と思う。

「バカなヤツ」

 ボクの家族や、村の人たちが死んだのは、
 ヴィンセントたちのせいじゃない。
 全部、殺したヤツが悪い。

 それとも、責任を感じているのは……ボクに、なのかもしれない。

 死徒にされたと知っていながら、ボクを生かしてしまったから。
 人としての生を全うさせることが、出来なかったから……
 ヴィンセントは悔やんでいる、とか?

 『家族と一緒に死んだ方が幸せだ』なんて、
 ボク以外のヤツが考えるとしたら、それはただのエゴだ。
 ボクはあの時、死にたくなかった。
 両親や妹は死んでしまったけど、一緒に行きたいとは思えなかったんだ。
 ……まあ、その後、自分の体に起こった変化を知って、
 ショックを受けたのは確かだけれど。

 なんにせよ、ヴィンセントが気に病むことじゃない。

「……これでよし」

 ギュッとキツく搾って下着の皺を伸ばす。
 それから、ボクは浴室を出た。
 ちょうど昨晩洗って干した洗濯物に紛れ込ませてしまおうと思ったからだ。

 でも。

「何してるんだ?」

 浴室を出ると、ヴィンセントがいた。

「――――――ッッッッッッ!!!?」

 吹っ飛ばされたような勢いで後じさり、ボクは壁に激突した。
 飾っていた絵が、ガコンと音を立てて斜めになる。

「どど、どうしてっ……出かけたはずじゃあっ……!」

「お前の様子が気になった。それより……」

 ヴィンセントの視線が、ボクの握りしめた水玉のパンツに注がれる。
 髪が逆立つほどボクはパニックに陥った。

「なっ、何見てるんだよ!?」

「あ、いや、悪い。だが……
 一人で掃除するのは大変だろう。手伝うぞ」

「は?」

 手伝う? 何を?
 目を瞬かせると、彼はベッドをチラリと見た。

 ――そっちじゃない!
 ボクは心の中で叫んだ。
 というか、お漏らしなんて発想すらしなかった!

「誤解だ!! お前、ボクのこといくつだと思ってっ……!」

「なに? 違うのか? じゃあ、どうして――」

 ヴィンセントが小首を傾げる。
 それから合点したと言うように、頷いた。

「……健全な男子なら当たり前のことだ。気にするな」

「……!」

 ボクは拳を握り締めると、わなわなと震えた。
 誤解はすんなりと解けたものの、なんだか素直に喜べない。

 お前、デリカシーってものがないのかよ……!

「まあ、だが、俺たちには1人の時間が少なすぎたかもしれないな」

「……お前は困ってないんでしょ」

 ヴィンセントは一瞬、ボクから目を逸らすと頷いた。

「……俺は訓練されてきたからな」

「訓練?」

「俺は、元は教会の人間だ。あそこは戒律が厳しい。
 教会内部の者は、性交渉だけでなく、自慰も禁止されている」

 淡々と告げられた言葉が、酷く憎たらしく思えた。

「……あ、のさ」

「なんだ?」

「訓練したら、まったく、その……ムラムラとかしないわけ」

「まったくではないが」

「じゃあさ、ボクと一緒に旅をしてる最中も、
 そういう気分になった時はあったんだよね?」

 全然気付かなかったけど。
 問いを重ねると、ヴィンセントが押し黙る。

「……なんで、黙るの」

「いや……」

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