人狼坊ちゃんの世話係

終わりなき行く末(5)

* * *

 馬車の中で、ボクは涙を手の甲で拭った。
 座席が揺れて尻が跳ねる。それに、しゃくりあげる声が重なる。

 隣に座ったヴィンセントが、ハンカチを差し出してくれた。
 ボクは受け取ったそれに顔を埋めて、声を押し殺した。

「……セシル」

 ヴィンセントに呼ばれて、ボクは鼻をすすると顔を持ち上げる。

「なに」

「しばらく俺の旅に付き合って欲しい」

「旅?」

「この体を治す方法を探したい」

 思わぬ言葉に、ボクはポカンとしてヴィンセントを見た。

「……ユリアに聞いたの?」

「ああ」

「……そう。
 い、良いんじゃないかな。
 ボクはか弱いから、荷物持ちがいないと困るし。
 長生きしてくれるなら、それが一番――」

「お前と一緒に生きたいのは、俺も同じだ」

「……っ」

 息を飲んで、ボクはヴィンセントから後退る。
 ガコンッと壁にぶつかって、馬車が揺れた。

「な、なんだよ、急に。
 ボクは、ボクは……お前と生きたいだなんて……そんなこと……」

 口から出そうになった言葉を無理やり飲み込む。

 本音を言ったら、ヴィンセントを困らせるからだ。
 彼は人間で、ボクはそうじゃなくて……

『ヴィンセントさんは、人として生きて
 死にたいんじゃないんですか』

 ユリアに言われて、ハッとしたんだ。
 ボクが取り戻したくても叶わない、生活。
 人として生きて、死ぬこと。
 それを取り上げるだなんて、
 ボクは、ボクをこんな体にしたアイツと同じことをしようとしてたって気付いた。

 だから、諦めようと思った。
 ヴィンセントを最期まで見守って、
 それでサヨナラしようと思った。それなのに。

 なんで今、言うんだよ。
 お前、タイミング悪すぎるよ。

「……嫌だと、思ったんだ」

 押し黙るボクに、ヴィンセントは言った。

「……イヤ? 何が?」

「自分が死んだ後のことを、考えてみた。
 オレはお前みたいに想像力が豊かじゃないから、
 今まで考えたこともなかったんだが……」

「やっとお守りから解放されて、嬉しいんじゃないの」

「嬉しくなる予定だったんだがな。実際は逆だった。
 お前が1人で泣いている時、
 何もできないと思うと、酷く苛立った」

 ヴィンセントが苦笑いを浮かべる。

「……別にお前がいなくたって、ボクは何不自由なくやれるよ。
 泣くようなことがあっても平気だ。子供じゃあるまいし」

「ああ。それも嫌なんだ」

「……はあ?」

 ヴィンセントらしからぬ曖昧な言い草に、気の抜けた声が漏れ出る。
 彼はふい、と暗い窓の外に目線を移した。
 そんな彼にボクは問う。

「……なんで、イヤなんだよ」

「さあな」

「何それ。キモい。いいから、言えよ」

「断る」

「言えってば!」

 腕を引っ張れば、彼はボクを振り返り顔を綻ばせた。

「いいのか? 言って。本当に?」

 ボクはギクリとして唇を引き結んだ。

 なんとなく、続きを聞いてはいけない気がする。
 聞いてしまったら最後、何かがガラリと変わってしまいそうで……   「……やっぱり、いい。聞かない」

「もう手遅れだ」

 逆に抱き寄せられて、頬にカッと熱が集まった。

「きっ、聞かないって言ってるだろ!」

 ヴィンセントが唇を寄せてくる。

「おい……ちょ、離せってば……」

 予想以上に彼の精悍な顔が近くにあって、体が強張った。
 そして、ヴィンセントは唇を開いた。

「――――――っ」

 ふぅっと耳たぶに吐息が吹き掛かる。
 唖然として唇を開閉させれば、ヴィンセントが声を出して笑った。

「はっ、はは」

「な、な、なっ……おま、お前っ、ボクをからかったな!?」

「ははっ、はははは……っ!」

 ボクは拳を握り締めると、彼の筋肉質な腕を思い切り殴った。

「バカ! バーーーーーーカ! ヴィンセントのバカ!!」

 ……舗装のされていない道を、大きく揺れながら馬車は進んでいく。

 次にユリアに会う時も、ヴィンセントが一緒だといい。
 ……そうじゃなきゃ、イヤだ。

 ボクは思いつく限りの罵詈雑言を並べ立てながら、
 心の中で強く祈った。

-77p-