人狼坊ちゃんの世話係

終わりなき行く末(1)

 ユリアの暴走を止めた後、
 ボクとヴィンセントは、しばらく屋敷にとどまった。

 半壊した屋敷の修復の手伝いと、
 ユリアとバンの看病をするためだ。

「バン。食事の時間だよ」

 ワゴンを引いて、食事を運べば、
 ぼんやりと天井を見上げていたバンが身体を起こそうとする。
 ボクは慌てて駆け寄ると、彼を支えた。

「……」

 バンは始終無言だった。
 ……当たり前だ。
 むしろ、2度もあんな真似をしたボクに、
 こうして世話を焼かせていること自体、普通ならあり得ないと思う。
 顔すら見たくないというのが本音だろう。

 ベッドの上にテーブルを出して、食事を乗せる。
 バンが手を合わせてから、食器を持った。

 ボクは、グラスに水を注ぐと、
 静かに彼の食事を見守る。

 彼は何度かえずきながらも、
 食べ物を飲み込んでいた。

 ケガはすぐに治ったけれど、
 未だ眠り続けるユリアの治癒に力を使っているために、衰弱している。
 それが分かっているから、彼はムリをしてでも食事をしているのだ。

「おかわりいる?」

 問えば、すっと皿が差し出される。
 ボクは籠の中から、温かいパンを置く。

 彼は全ての食事を平らげると、また手を合わせた。
 ボクは食器とテーブルを片付けて部屋を出た。

 謝りたかった。
 でも、「ごめん」なんて軽々しく言えない。

* * *

 体が怠い。重い。

 オレは、うとうとと夢と現実の間を行き来し、
 時折、ハッと体を強ばらせた。
 傷は癒えているというのに、腕が、足が、痛む。

 ユリアは目覚めただろうか。
 どこか痛んだりしないだろうか。
 穏やかに休めているだろうか……
 ……そんなことを、誰にともなく祈っていると部屋の扉が開いた。

「バン」

 低い声に呼ばれて、そちらを見やれば、
 ヴィンセントが立っていた。
 後ろにはメイド長の姿もある。

「……どうした?」

「ユリアが目を覚ました。お前を呼んでる」

「ユリアがっ……!?」

 オレは上掛けを撥ねのけ、ベッドから降りた。
 フラつけば咄嗟にヴィンセントが支えてくれる。

「連れて行こう」

「……いい。自分で歩ける」

 怪我はもう治っている。

 オレは壁に手をついて体を支えると、
 ユリアの部屋に向かった。
 目的地に着く頃には、なんとか歩けるようになっていた。

* * *

「バンさん……! すみません、ご心配をおかけして」

 扉を開けると、ユリアは満面の笑みで迎えてくれた。
 まだ顔色は悪い感じもするが、声色はいつもと変わらない。

「良かった……」

 全身から力が抜ける。
 オレはなんだか泣きたい気持ちになりながら、ベッドに歩み寄った。
 それからユリアの頭をかき抱いて、首筋に鼻を押し付けた。
 懐かしい恋人の香りを胸いっぱいに吸い込む。

「もう、痛いトコないか」

「はい。すっかり」

「そうか」

 オレは抱きしめる腕に力を込めた。
 ユリアの手がオレの背に回り、落ち着かせるように、
 そろそろとさする。

 止めるためとは言え、オレは彼に酷いことをした。
 それなのにユリアは怒ることも責めることもしない。
 それが、キツい。やるせなさと心苦しさを覚える。

「……メイドから何があったのか、話は聞きました」

 やがて、ユリアはオレの腕を解くと、
 少し離れた場所で立っていたセシルとヴィンセントに顔を向けた。

「お二人とも、ケガは大丈夫ですか?
 あまりよく覚えていないのですが、だいぶ……
 その、暴れてしまったみたいで」

「大したことはない」

 ヴィンセントの簡素な答えに、
 ユリアはぎこちなく微笑むと、頷いた。

「……そうですか。
 生きていてくれて、良かった。
 本当に……すみませんでした」

 それから深々と頭を下げる。

「……どうしてユリアが謝るのさ」

 と、セシルが言った。
 部屋の端っこで、震えるように自分の指先を見ていた彼は、
 握り締めた拳を太腿に押し当てて、掠れた声で続けた。

「謝らなきゃならないのは、ボクだよ。
 なのに、どうしてユリアが謝るの。
 ボクが悪いんだよ。……2度も、ボクは君を……」

 ユリアは首を振った。

「君のせいだなんて思いません。
 あれは、僕が無神経だったんですよ。
 それに君を唆したのは僕の中の獣……つまり、僕だ」

「違う。ボクが、獣に話を持ち掛けたんだ」

 声を荒げるセシルに、ユリアはフッと吐息をこぼす。

「……それなら、こうしましょう。
 今回のことは、僕ら2人が悪かった。
 それで、この話はおしまい。
 ね? だから、もう気を病むのは止めてください」

「ユリア……君は……」

 目元を赤くして、セシルが呟いた。
 そんな彼に――   「……そんな簡単に片付けられるわけねぇだろ」

 オレは、思わず口を挟んでいた。

-73p-