人狼坊ちゃんの世話係

ユリアと獣(6)

「ぐっ……」

 鈍い衝撃が肉に食い込み、骨を砕く。
 痛みに体が跳ね、噛み締めた奥歯がミシリと軋む。

「ッ──────!!!」

 もんどり打ってオレは地面を転がった。

「ガアアアアアアアアッ!!」

 獣の声が鼓膜を突き破り、オレの意識はブツリと音を立てて、
 一瞬ブラックアウトする。

 …………熱い。
 全身が心臓になったようだった。
 鼓動に痛みが呼応する。小刻みに体が痙攣している。

 オレは喉が渇いた犬みたいに息をして、
 瞼を持ち上げた。

 左足が、あらぬ方向を向いている。
 ケガをし過ぎたせいか、まだ治癒は始まっていないようだった。

「ユリア……」

 掠れた声で、恋人を呼ぶ。
 続いて、ヴィンセントの方を見たオレは……息を飲んだ。

 涙で滲んだ視界の中で、
 黒い影が、ヴィンセントに覆い被さっている。
 繰り出された闇の手が深々と地面に突き刺さり……
 世界から一切の音が消え去った。

「ヴィンセント……!」

 静寂を破ったのは、セシルの悲鳴だった。

「ヴィンセント……! ヴィンセント! ヴィンセント! ヴィンセントッ!!」

 彼は手にしていた燭台を置くと、
 まろぶようにしてヴィンセントへと駆け寄る。

 やがて、ゆっくりと……
 黒い体躯が傾ぎ、重い音を立てて地面に転がった。

「……もう、大丈夫だ」

 ヴィンセントは折れた大剣の刃を地面に捨て、
 僅かに笑みを浮かべた。

「止め、られたのか……
 ユリア……」

 オレは這うようにして、ユリアに手を伸ばした。
 その先で、巨躯から黒が流れ落ち、
 血に濡れた白銀の毛が露わになる。

 セシルが戻ってきて、オレの手を肩に回して支えてくれた。
 オレはユリアの体に、倒れ込むようにして顔を覗き込む。

「ユリア。……おい、ユリア」

 白い獣は動かず、浅い呼吸を繰り返している。
 オレは彼の頬を両手で包み込むと、
 口元に唇を押し付けた。

 ピクリと体が震える。

「……なあ。楽しみにしてたんじゃねぇの」

 別れ際、唇に指を当てて、微笑んだユリアを思う。
 オレは繰り返し、キスを落とした。

「起きろよ。ユリア」

 うっすらと獣の鋭い目が開く。
 彼は束の間、虚空を眺めてからオレを見た。
 そうして、何処か安堵したように再び目を閉じる。

 ……それから1週間もの間、ユリアは眠り続けた。

-72p-