忍び寄る「黒」と赤い過去(7)
「何故だ? 先ほどの人狼化といい、あんたはとてつもなく強い」
ヴィンセントの言葉に、ユリアは大きく頭を振った。
「僕は、あの獣を封じるつもりなんです。
あなたには分かるでしょうが、僕自身は戦ったことがありません。
他のヴァンパイアと違って、体だけは丈夫なものの、
処刑官に襲われたら、逃げるという選択肢しか持ち合わせていない。
つまり、もしも獣を封じることができたら、僕は……
たぶんセシルと同じように、
守ってくれる人を探す側になるんじゃないかと思うんです」
「……それって、力を手放すってこと?」
訝しげにするセシルに、ユリアは頷いた。
「ええ。僕にはいらないものですから」
「そ、そんなの、おかしいよ!
力さえあれば何だって出来るんだ。
それを、手放すだなんて……」
「僕は誰も傷つけたくないんです。
それで、自分の命を失うことになっても」
告げられた言葉に、一瞬、オレは呼吸を引き攣らせた。
……そうだ。ユリアはそういうヤツじゃないか。
頭で理解はしている。けれど……心が納得することを拒絶する。
ユリアは、自分を殺そうとする相手すら許してしまうヤツだ。
傷つけるくらいなら、死んだ方がましだなんて思っている。
彼と話せば話すほど、共に夜を過ごせば過ごすほど、
そういう覚悟をしているのだと、思い知らされてきた。
しかし、ハッキリと彼の口から告げられると、
胸が締め付けられるような苦しさに襲われる。
「そうか。残念だが……そういう理由ならば、仕方がないな」
と、ヴィンセントが言う。
「……ユリアは力があるから、そんなことが言えるんだよ」
続くセシルの呟きに、ユリアは寂しげな微笑みを浮かべた。
「僕では君の保護者にはなれないけれど、
困ったことがあれば、助けたい。
だから何だって、話してください。
せめて、この屋敷にいる間は、安心して寛ぐことができるようにしますから」
「……ありがとう」
セシルもぎこちなく微笑み返す。
* * *
話を終えて、解散すると、
オレは一人、ぼんやりしたまま、茶器を片付けていた。
「……っ」
トレーの上から転がり落ちそうになったカップを慌てて押さえる。
「危ねぇ、危ねぇ」
ほっと胸をなで下ろした。
けれど、意識がクリアになったのも一瞬で、
オレはすぐさま暗澹たる気持ちに引きずり戻された。
『僕は誰も傷つけたくないんです。
それで、自分の命を失うことになっても』
いつか、その日が来るかも知れない。
その時、オレは……どうするのだろう?