忍び寄る「黒」と赤い過去(6)
ユリアが目覚めるのを待ってから、
オレたちは、客間へと移動した。
オレとユリア、ヴィンセントとセシルで向き合ったソファに腰を下ろす。
すると、メイドの一人が音もなくお茶を運んできてくれた。
セシルは始終俯いたままだ。
「……ごめんなさい」
やがて、メイドが部屋を後にすると、彼はポツリと言った。
続く言葉を待てば、再び押し黙ってしまう。
沈黙。
気まずい空気を破ったのは、ユリアだった。
「頭を上げてください、セシル。
何か……理由があったんでしょう?」
「それは……」
言葉を探すセシルに変わって言ったのは、ヴィンセントだった。
「……セシルは、主人を失った死徒なんだ」
「死徒?」
思わず問い返す。
死徒とは、ヴァンパイアに吸血されたーーいや、ユリアに言わせれば、
ヴァンパイア特有の体液を注入され、意思や感情を奪われた存在ではなかったか?
この屋敷のメイドや、使用人たちのように。
ユリアも同じことを思ったらしく、目を大きく見開いた。
「本当ですか? 君は、自己紹介の時にヴァンパイアだって……」
「……ごめんなさい。
だけど、初めに死徒だって言っても信じてくれないと思ったし、
なにより……正直に告げたら、相手にして貰えないと思って」
「叔父さんとルミールの街で意気投合したというのは……」
「そっ、それは本当だよ! ハルさんと食事もしたし観光もした。
ユリアの友達になってって言われたのもウソじゃない!」
「だけど、お前には他の目的があった。それを聞きたいんだよ」
「う……だから、それは、つまり……」
セシルはちらりとヴィンセントを見た。
それから、何やら苦しげにギュッと服の裾を握り締める。
「端的に言えば――ユリア。あんたに、セシルの保護者になって欲しい」
黙り込んだ彼の代わりに、ヴィンセントが応えた。
「保護者……?」
「ああ。死徒にはヴァンパイアのような力はない。
弱点だけ増えた<人間だったモノ>だ。
本来、死徒にはそれを従えるヴァンパイアがいる。
しかしセシルにはいない。
人間に死徒だとバレれば最後、異端処刑官が即座にやって来て灰にされる。
それか、教会の研究施設送りだ」
「ヴィンセント、待ってよ。ボクは……」
「今までは、俺が守ってきた。
だが、俺は人間だ。命に限りがある。
だから代わりになる保護者を探していた」
「なるほどな」
オレは小さく頷くと、何か言いたげなセシルに視線を移す。
「セシル。ヴィンセントの話は本当か?」
「…………ウソじゃない」
「そうか」
間が気になったが、彼は否定はしなかった。
ユリアはしばらく思案げに目線を落とし、
ついで申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「……セシル。君の願いは叶えてあげたい。
だけど、僕には……君を守る力はないと思う」