忍び寄る「黒」と赤い過去(4)
■ □ ■
大剣を構える男を睨め付けながら、俺は小さく鼻を鳴らす。
「一方的に嬲られる趣味でもあるのか」
男は剣の陰に半身を隠すような奇妙な構えをとったまま、じっとこちらを見ている。
その瞳には、「一瞬でも隙を見せればその瞬間斬り裂いてくれる」とでも言わんばかりの殺気を込めながら。
……気に食わん。
俺は歯を剥いて、唸る。
幾度となく奴には鉤爪を振るってやった。
だが、その度に致命傷を避け、こちらへと攻撃を仕掛けてくる。
そのどれもが俺には届かぬ程度の攻撃であったが、徐々に、しかし着実にその距離を縮め続けていた。
──次の一撃は俺の首を撥ねるかもしれない。
そんな想いがこの膠着状態を作り出している。
「鬱陶しい……」
いっそ腕の一本でもくれてやり、その釣りに喉笛を噛み千切ってやれば話は早い。
だが、男の性質がそれを許さない。
『第一級処刑官』
ユリアが読んだ本の情報が正しければ、
この男は呪いによって穢れている。
処刑官の中でも、桁違いに夜の眷属を屠ってきただろうコイツは、
その身体の内に殺した者の怨念を溜め込んでいるのだ。
俺が男を殺した瞬間、その呪いは自動的に発動し、
俺に襲いかかってくるだろう。
自らの死を以て標的を確殺する、怪異の天敵だ。
やはり、あのガキを逃がしたのは失敗だった。
指輪を取り上げ、その力で男を眠らせる。
その後は、メイドにでも殺させればいい。
それから、俺の心臓を持つあの忌々しい使用人を
屋敷の奥深くに閉じ込め……
……これで何もかもがうまくいったというのに。
判断を誤った。と、思う。
俺は鼻から息を逃すと、改めて男を見る。
体中に浅くない傷を負っているにも拘わらず、
集中力は途切れるどころか鋭さを増している。
……ああ、面倒だ。
殺したい。
僅かにでも踏み出せば、そこには死線が待っている。
殺さないように奴を黙らせることができるか。いや、やるしかあるまい。
空間の温度が次第に下がっていく。
タイミングを計る。
奴の両足を狩り取るその時の。
……すると、微かに音がした。
足音だ。
それはどんどんこの部屋へと近付いてくる。
メイドのような大人しい音ではない。これは……この2人分の足音は……
「……俺の勝ちだ」
口の中で呟く。
それから間もなく、ドアノブが回りガキが顔を見せる。
――俺は、標的をそちらに変更した。