来訪者(3)
ポカンとセシルが口を開ける。
「は……? 恋人……?」
「そういうわけで、その、友達になって頂けるのはとても嬉しいのですが、
恋人は無理です……! ごめんなさい!」
セシルの体から手を離すと、ユリアは勢い良く頭を下げる。
チラリとオレに視線を投げた彼の目は『言っても大丈夫でした?』と問うていた。
……ああ、恋人。恋人か。確かに、この関係性は恋人だ。
ユリアの頬の赤味が電波したように顔に熱が集まって、
オレはそんな自分の反応に内心苦笑をこぼす。
「恋人って、お前が……?」
セシルが疑わしげにコチラに目を向ける。
オレは軽く肩をすくめて見せた。
「は? はあぁぁぁぁぁあっ!?」
裏返った声を上げて、彼はオレに人差し指を突きつける。
「コイツ!? コイツがユリアさんの恋人なの!?
この、目つきのわっ……いや、ええと、か、格好いい感じの彼が!?」
悪かったな。目つき悪くて。
盛大に舌打ちしたかったが、主人の友人候補にそれは出来ない。
オレは努めて、困ったような微笑みを返した。
「そんな……理解できない……」
やがてセシルはせせら笑うように鼻から息を吐き出した。
「あー……もしかして、床上手とかそういう?」
「そ、それは……す、凄く、その、お上手ですよ……!」
認めるんかい。
「え……」
予想外の反応だったのだろう、セシルは再び口の端を引きつらせた。
あれっぽっちで奉仕もクソもねぇけど。などと思いつつ、
オレは引き続き困った表情を浮かべる。
「……で、でもさっ」
セシルは今にも砂を吐きそうなレベルで不機嫌になると、拳を震わせた。
「……ユリアさんってこの屋敷から出たことないんだよね?
ってことは、この人が初めてだったんでしょ?
つまり、下手か上手かなんて分からないよね?
なんか丸め込まれてない? ボク、心配だな」
「……でしたら、お試しになります?」
「「えっ……」」
小首を傾げれば、ユリアとセシルの声が重なった。
「ばっ……! バカなの!?
ボクはお前のコトなんてこれっぽちも興味ないし。
汚らわしい目で見ないでくれない!?」
「ですが、心配なんでしょう? 目で体で確認して貰った方が懸念は晴れるかと……
心配でしたら、坊ちゃんも一緒に――」
「ダメです!」
わなわなと肩を震わせていたユリアが、声を絞り出す。
「え、なんで?」
相手が変わればオレの愚息も反応を示し、
それがきっかけで問題解決……なんてこともあるかと思ったのだが。
「バンさんは僕の恋人なんですよ。
他の人と、あっ、あんなことをするだなんて、容認できません!」
痛いほど肩を掴まれ、ガクガクと揺らされた。
必死の形相のユリアに、オレは目を瞬かせる。
するとセシルは先ほどまでの調子を取り戻したようで、
短かく溜息をついた。
「……はぁ。振られちゃったなら、仕方ないか。
でも、ユリアさん。お友達としてなら、僕と仲良くしてくれる?」
「もちろんですよ」
「良かったあ」
とろける笑みを浮かべて、セシルが胸をなでおろす。
ついで、彼はオレに歩み寄ると耳朶に唇を寄せた。
「――恋人の座に踏ん反り返っていられるのも、今の内だけだから。
お前はユリアさんに相応しくない」
直接頭に語りかけるような声で告げると、パッと体を離す。
「それじゃあ、遠慮せずに客間の方を使わせて貰いますね。
あっ、部屋までの案内は、あそこのメイドにお願いしますので。
今日から、よろしくお願いします」
踵を返したセシルに、彼の連れのヴィンセントは床に置いてあった荷物を
ひょいと持ち上げると、軽く顎を引いてから背を向ける。
「……あの、バンさん。彼はさっきなんて?」
「うん?」
「念話を使ってたでしょう?
もしかして、部屋に呼ばれたなんてこと……」
「それは、マジでない」
心配そうなユリアに、オレは苦笑した。
「フツーによろしくって言われたよ」
「本当に?」
「ホント、ホント」
「だったら声に出して会話すればいいのに」
「照れ屋なんだろ」
オレはセシルたちの消えた扉をチラリと見やる。
ハルに言われて来たとはいえ、セシルには何か裏がありそうな感じがした。
面倒なことにならなければいいけど。
心の中でぼやくと、
オレは未だ不安げにするユリアの髪をくしゃりと撫でた。