来訪者(1)
「嫌だ……嫌だよ……止まってよ…………っ!」
手を当てた傷口から、みるみるうちに命が、赤が、抜けていってしまう。
優しい母がいて、優しい父がいて、ワガママな妹がいて。
そんな自分にとっての普通は一瞬で崩れ去ってしまった。
1匹の悪魔が全部壊してしまった。
「やだ、やだやだ、やだっ……」
家の中は血の匂いで満ちている。
足音が耳に届いた。
ゆっくりとした、重い足取りだ。
振り返れば、鎧で身をまとった男がボクを見下ろしていた。
ーー大地に突き立てられた、聖なる槍。
その周りで2匹のヤモリが互いの尻尾を噛み合う、紋様が鎧に刻まれている。
「……ボクも、殺すの」
男は物言わず、血で濡れた剣をこちらに向けた。
「どうして」
切っ先から滴り落ちる、赤。
赤、
赤、
赤。
ねえ。
どうして。
* * *
ある日の夜。
月が空の真上を横切る頃、ユリアがふと窓の外に目を向けた。
「どうした?」
ベッドを整えていたオレは問いを口にする。
すると彼は戸惑ったように肩をすくめた。
「誰か来たみたいですね」
「誰かって……結界は……っ?」
教会の奴らか。そう続けようとしたその時、
扉がノックされて、音もなくメイド長が部屋を訪れた。
「ユリア様。お客様がおみえです」
オレはユリアと顔を見合わせる。
二人で客間に移動すれば、やがて現れたのは、なんともちぐはぐな二人組だった。
一人は年の頃、13、4の少年だ。
長い桃色の髪を2つに縛り、
惜しみなくレースが使われたセビアな色合いの衣装を身にまとっている。
ペチコートで膨らんだスカートから伸びる足はスラリと細い。
一見、少女と見紛うばかりだが、骨張った華奢な体は男のそれで、
衣裳とのミスマッチが不思議な魅力をかもしている。
もう一人は少年とは対照的な、いかつく、背の高い男だった。
年の頃は40から45くらいだろうか。
精悍な顔つきで、旅装の上からでも鍛え抜かれた筋肉が見てとれた。
特に目を引くのは、その鋭い眼光と、背負った男の身長ほどもある大剣だろう。
彼はオレたちを見ると、荷物を床に置いた。
「こんばんは、ユリアさん。ボクはセシル」
彼はアーモンド型の目を鋭く細めると、続ける。
「ヴァンパイアのセシル・ハーベストと言います」
ついで中年の男がユリアから視線を外さぬまま軽く会釈した。
「俺はヴィンセント。……人間だ」
ユリアもつられて頭を下げる。
「ハルさんに言われたんです。
ユリアさんのお友達になって欲しいって」
「叔父さんの……?」