心臓のない王(6)
赤い獣の瞳に自分が映っている。
「貴様、臆病風に吹かれて尻をまくって逃げたのではないのか」
「ああそうだ。オレはお前が怖い。
だが、気付いたんだよ。
オレは――『お前』を傷つけても、側にいたいって」
「……なに?」
「ユリア」
オレはゆっくりと息を吐き出すと、口を開いた。
「戻ってこい」
「ふ……残念だったな。奴なら、俺の中で眠っている」
「なら、起こす」
オレは獣の頬を両手で包み込んだ。
「大丈夫だ。お前は誰も殺してねぇよ。
教会の男たちは、屋敷を出て行った」
「……うるさい」
ちらりと部屋の端へ目を向けたオレは、内心で胸を撫で下ろす。
「メイドたちも、平気そうだぞ」
「黙れ」
使用人たちは不死なのだろう。
視界の端で、彼らがフラつきながらも体を起こすのが見えた。
「ユリア」
「その名を呼ぶな!」
獣の鉤爪が首に食い込んで、プツ、と皮膚が破れる音がした。
「ユリア!!」
「……ッ!!」
獣の手が弾かれるように、オレから離れる。
「何故だ……この、俺が……ヤツのような、腰抜けに……
ふざけるな、ふざけるなよ、この、体は俺のものだ……
真の王たる、この、俺のっ……!」
獣が頭を抱える。やがて、天井を仰ぎ大きな口を開けた。
「おおおおおおおおッ!!」
鉤爪を壁に突き立て、獣はオレに燃えるように赤い眼差しを向けた。
「貴様のソレは……必ず返してもらう。この、体もそうだ。
覚えていろ、俺は、必ず……ッ」
地の底を這うような声で告げ、獣は糸が切れたように地に崩れ落ちる。
束の間、突き刺すような静寂が落ち、
彼の白い毛並みがゆっくりと人の皮膚へと変わっていった。
白髪が緩やかにウェーブをかき、飴色が戻る。
オレはしゃがみ込むと、生まれたままの姿のユリアに上着を羽織った。
それからそっと震える指先で彼の髪を撫でた。
「おはよ、ユリア」