人狼坊ちゃんの世話係

最果ての約束(1)

 下弦の月が美しい夜、
 オレとユリアは、屋敷を去るヴィンセントたちの見送りに出ていた。

 これからふたりと旅を共にする馬を、
 セシルが親しげに撫でる。
 ヴィンセントが荷物をくくりつけると、馬が鼻を鳴らす。

 そんな彼らを見ながら、オレは口を開いた。

「ケガも治ったんだ。
 ゆっくりしてけばいいのに」

「……お前、時々とんでもなく気が利かないよな」

 セシルがこちらを見て、呆れたように答える。

「あ?」

 小首を傾げると、彼は頬を赤くして、
 もごもごと何かを口の中で呟いた。

「だから、つまりーーうわっ!?」

 言葉の途中で、ヴィンセントがセシルを担ぎ上げた。
 どうやら荷物は全て馬に括り付けたようだ。

「ちょ、ヴィンセント……!?」

「お前たちも、早くふたりきりになれ」

 言葉に目を瞬かせる。
『も』ということは、ヴィンセントたちが早々に
 屋敷を離れるのもそういう理由らしい。

「あー……まあ、確かに」

 堂々とイチャイチャ宣言したヴィンセントと、
 真っ赤に顔を染めてあたふたするセシルは対照的だった。

「おふたりは旅暮らしに戻るんですか?」

 隣のユリアが言った。

「まあね」

「そうですか……」

「どうしてそんなこと聞くの?」

「ああ、いえ……
 近くに引っ越してきたらいいのにって思って」

 ユリアが気恥ずかしそうに鼻先を指で掻く。

「この辺りの街なら、教会の力もほとんどありませんし……」

 それに、ヴィンセントとセシルは顔を見合わせた。

「その発想はなかったな」

「うん。……でも、定住するのもいいかも。
 ボクもユリアたちに会いたいから」

「本当ですか!?」

「良い感じの家、見つけたら連絡するよ」

「是非! 待ってますから!!」

 ヴィンセントが、セシルを馬に乗せる。
 続いて、彼もひらりと跨がった。

「世話になった。この礼は、必ず」

「それじゃあ、またね」

 セシルはいつまでもこちらを振り返って手を振っていた。

 やがて、ふたりが乗る馬が森に消えると、
 オレはうんと背伸びをする。

「……じゃ、オレは仕事に戻るから」

「えっ!?」

「なんで驚くんだよ。見送りに来ただけだっつの」

「そんな……久々にふたりきりになれたのに」

 さっさと踵を返そうとすれば、
 背中から抱きしめられた。

「ヴィンセントさんのことが心配で、
 そういう雰囲気にならなかったじゃないですか。
 せっかく、おふたりも気を遣ってくれたことですし……」

「オレだって、お前に触れたいよ。
 でも、人手が足りてないんだからしゃーないだろ」

 ヴィンセントの治療に総出で当たったメイドたちは、
 今、1月との戦いに利用された古城の掃除に駆り出されている。
 この屋敷の維持は、オレにかかっているのだ。

「そうですけど……」

 ユリアがしょんぼりと肩を落とす。
 頭上にペタリと下がった耳が見えるような落ち込み具合だ。

 オレはそっとユリアの手に手を重ねた。

「……朝になったら部屋まで行くよ」

 続いて、彼の腕の中で振り返り、
 ユリアの頬を両手で包み込んだ。

「心の準備しとけ。一滴残らず、搾り取ってやるから」

 ユリアに触れたいのはオレだって同じだ。

* * *

 仕事を終えると、オレは汗を流し、
 入念に準備をしてユリアの部屋に向かった。

 扉は、オレがドアノブを回すより先に開き、
 喜色に頬を赤らめた部屋の主人が出迎えてくれる。

「バンさん……!」

「ん、お待たせ」

 抱き上げられる。
 ユリアはオレの首筋に顔を埋めると、
 スンスンと鼻を鳴らした。

「……良い匂い」

 オレはなんだか胸がむず痒くて、視線を逸らす。

 入念な準備もさることながら、
 服もなんとなく小綺麗なのを着てきてしまった。

 ちょっと気合いを入れすぎたかもしれない。
 そんなことを考えていると、
 ユリアが頬に唇を押し付けてくる。

 ねだるような口付けに、オレはユリアに向き直った。
 そうして、どちらからともなく唇を重ねた。

「んっ。ん、んんっ、んぅ……」

 唇を割り、舌を絡める。
 金の髪に手を差し込み、ユリアの頭を固定し、
 唾液を塗り込めるように舌を伸ばす。

「はっ、ん、んンッ」

 足を腰に巻きつけ、ふたり分の唾液をすすり、
 貪るようなキスを繰り返す。

 すっかり息が上がった頃、
 オレはユリアの額に額を寄せ、口を開いた。

「……ってか、髪の毛、元に戻ったんだな」

 1月との戦いの後、
 ユリアの飴色の髪が1部白く染まっていたのだが、
 ヴィンセントの容態を気にしている間に、気がつけば元の色に戻っている。

 オレは緩やかなウェーブのかかった髪を摘まみ上げ、キスをする
 ユリアはくすぐったそうに目を細めた。

「うん。気が付いたらね。
 ちょっと気に入ってたから、残念です」

「そっか」

 沈黙が落ちる。
 オレは速度を速める胸の鼓動から目を逸らすようにして、
 彼の髪を弄ぶ。

 そうしていると、ユリアが足早に歩き始めた。
 もちろん向かう先は、広々としたベッドだ。

 ベッドに下ろされるやいなや、
 ユリアの巨躯が覆い被さってきた。

 オレは咄嗟にボタンに伸びた手を掴む。

「ちょ、待て。今日はオレがする。搾り取ってやるっつったろ」

 ……なんとなく、このままリードされるのは危険な気がしたのだ。
 ユリアは一瞬、キョトンとしてから、
 目を細めた。

「ダメ。今日は僕が、一滴残らず、あなたの中に注ぐんです」

 そんなことを言って、ユリアがニコリと笑う。

「なんだよ、それ。調子狂う……」

 不覚ながら、腹の奥がキュンとしてしまった。
 オレはユリアを直視できずに、目線を彼から外す。
 すると――掴んでいたオレの手を、ユリアは逆に掴み返してきた。

 続いて、ガチャンと音がする。
 見れば、手首に柔らかなファーのついた手錠がかかっていた。
 その先は、ベッド上部に括り付けられている。

「は!? おまっ、なに、してっ……」

「僕の強い決意の表れです。
 これくらいしないと、いつも逆転されちゃうから」

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