漢前な床上手。(1)
話は遡り――
娼館の一室は、むせ返るほどの淫靡で甘い香りが満ちていた。
「オレの中でイキたいんだろ? なら、奥歯食いしばって我慢しろ」
仰向けで悶える客の股間を、オレは足先で弄くり回す。
親指と人さし指で扱きながら、もう片方の足で最も敏感な双球を突けば、
肉竿は今にも弾けんばかりに、ビクビクと震えた。
「よしよし、いい子だ……あと、10秒我慢できたら、挿れてやる。
10、9、8……3、2、1」
焦らすようにカウントを終えて、ゆっくりと足を離す。
「我慢できた良い子には……」
それからオレは、肩で息をつく客に跨がった。
「ご褒美だ。オラよ……ッ!」
トドメとばかりに、オレは腰を下ろした。
肉襞を押し拡げて、客の屹立が中に埋まる。
「んっ……!」
その瞬間、中でビュクンッと熱いものが噴き上がった。
「おいおい、なんだよ。挿れただけでイッったのか?」
上下運動をしながら、喉奥で笑う。
客はじたばたしながら、抜いてくれと叫んだけれど、もちろん無視だ。
「はは、さっきは挿れたい挿れたいしか言ってなかったくせに今度は、抜いてくれ?
嫌だね。散々、足で気持ち良くしてやったろーが。
お前も少しくらいは……オレのこと、気持ち良くさせろよ……っ」
一度は果てて力を失いかけた肉竿が、オレの中で再び力を取り戻す。
オレは上唇を舐めた。汗ばむ肌を見せつけるように、ケツに力を入れて激しく扱き上げる。
「はぁ、はぁ、はぁっ……情けねぇ声出してんじゃねぇ。 突っ込まれてんのは、オレだっつの……!」
隙間なく繋がった粘膜が、熱くうねっている。
再び客の体が強ばって、限界を訴える。
「もうイキたくねぇなら、オレのこと、さっさとイかせるんだな?」
円を描くように腰を揺らせば、今までされるがままだった客が腰を動かし始めた。
ズンッと最奥を抉られて、ゾクゾクと背が粟立つ。
「そうそう、その調子……ん、いいぞ、いいとこ当たってっ……」
力強く腰を掴まれた。
勢いをつけて体を起こした客は、オレを軽々と組み敷くと怒濤の勢いで抽送を開始する。
「んぁっ……くっ、ふっ……そうこなくっちゃ……!」
快楽の果てへと続く階段を駆け上りながら、
オレは両足を客の腰に巻き付けた……
* * *
客の支度を手伝ってから、オレは適当にシャツを羽織って、ズボンをはいた。
「お客サマのお帰りだ」
スタッフに伝えて個室を出て、店の入口まで見送りに出る。
「お疲れさん。また金とせーしぱんぱんにして来いよなー」
フラつく客の尻を引っぱたいて、追い出せば、
ちょうど冷たい夜風が火照った頬を心地よく撫でていく。
改めて眺めた街は、相変わらず下品でうるさくて臭かった。
扇情的な格好で客引きする立ちんぼの女、往来にも関わらず殴り合う酔っ払い、
ギャンブル帰りの上機嫌な男、一方、死にそうな男を引きずるカタギじゃない男……
この街は、通称「鍋の底(ポットボトム)」。
国一番の港町から、半日ほどの場所にある。
仕事を求めて片田舎から上京してきた人間が現実に打ちひしがれた末に辿り着く、掃溜めだ。
そして、オレのどうしようもない故郷でもある。
「バン! 何を遊んでるんだい。次の客がお待ちかねだよ!」
店の奥から聞こえただみ声に、オレは肩をすくめて踵を返した。
「うるせぇ。言われなくたって、分かってるっての」
「だったらぼさっとしてないで、さっさと行くんだ!」
キセルを吹かせて、店の主人が顎で部屋を示す。
「へーへー」
オレは適度に体を清めてると、足早に次の客の元へ向かった。
肩を回してから、扉を開ける。
すると、ベッドの端っこでフードを目深にかぶった黒ずくめの男が、そわそわしていた。
「悪かったな、遅くなって」
「……どうも」
男が顔を上げる。思わず、「おっ」と声が漏れそうになった。
この辺りでは見かけることのない、美しい男だ。
けれど、もったいないことに雰囲気は雨雲のように沈鬱としている。その華やかな顔形とは真逆だった。
年の頃は、二十代中盤くらいか。
足先からてっぺんまで一瞥したオレは秘かに舌なめずりした。
身に付けたシャツは上質なシルク、ローブの裾には驚くほど繊細な刺繍が施されている。古風なデザインのブーツは、傷一つ見当たらない。
そのシャツ一枚買うのに、オレの1年の給金で足りるかどうか……
間違いなく、ここ「鍋の底」に来るような身分じゃないことは確かだ。
「もしかして、あんた初めて? 見たところいいとこの坊ちゃんみたいだけど」
香炉に火を入れながら尋ねれば、彼は曖昧に笑った。
「都の方に行けば、もっといい男を抱けるってのに、もの好きだな。
金に困ってるわけでもねぇんだろ?」
沈黙が落ちる。
オレはゆったりとした歩みで、男の隣に座った。
「まあ、いいや。あんたのチョイスは悪くねぇ。 どっぷりはまらせてーー」
言葉の途中で、視界が反転する。男に組み敷かれたのだ。
初めてで萎縮する客よりヤりやすい。
そんなことを考えていると、男はその切れ長の目を細めるとボソボソと口を開いた。
「……君を迎えに来たんだ」
「迎え?」
訝しげにすれば、男は……
いつの間にか持っていた短剣を躊躇なく振り下ろした。