漢前な床上手。(2)
白銀が煌めき、枕の羽が舞った。
間一髪、首を背けて切っ先を避けたオレは、後転してベッドから落ちると男から距離を離す。
そうして部屋の椅子を掴んで、盾の代わりに構えた。
「おっ、おまっ、突っ込むもんが違うだろ!?」
「……さすがだね。避けられるとは思っていなかったかな」
もしかして、そういうのが趣味とか……?
それならば、こちらも容赦はしない。
……と言いたいところだが、身分的にきっとやり返したらただでは済まない。
出口の位置を目だけで確認すれば、男は殊勝な様子で頭を下げた。
「ごめんね、急に試すようなことをして。
問題なさそうだから、生きたまま連れていってもいいんだけど……君はどうしたい?」
そう言って、小首を傾げる。
「何言ってんだ、お前」
混乱する頭で、オレは必死に考えた。
この男はオレを何処かへと連れて行くつもりらしい。しかも、生死問わず。
「……そもそも、連れていくって何処にだよ。生憎、うちは店外デートはやってねぇぞ」
「街で聞いたんだ。娼館で働く人間は……ううん、この街の人のほとんどは、お金を出したら連れて帰れるって」
「誰に聞いたか知らねぇが、極端過ぎる。
そういうのは、お互いに信頼関係を築いてから……」
「そういうのはいらない」
「お前がいらなくても、こっちがいるんだよ!」
買い取られた先で、切り刻まれてはたまらない。そんな話は腐るほど聞いている。
威嚇するように鼻に皺を寄せれば、男は困ったように眉根を下げて短剣を床に放った。
「時間がないんだ。今すぐ僕を信頼して欲しい」
「無茶言うな」
「甥っ子の誕生日なんだ」
「それとこれと何の関係があるんだよ」
「ええと、つまり……甥っ子に君をプレゼントしたいんだよ」
「男娼を!? 甥っ子いくつだよ!?」
「え……いくつだろう。この間、生まれたばっかりだから……」
「生まれた、ばかり……?」
顎に手を当て、男は真剣な様子で唸る。
(貴族様ってのは、年端もいかない子供に性処理要員をプレゼントするのか?
そういう慣習でもあるのか!?
百歩譲って、そんな慣習があったとして――いや、ねぇよ!)
「うーん。ちょっと、詳しい年齢は覚えていないから本人に聞いて貰ってもいいかな」
「……あのな。オレはまだ行くなんて言ってねぇぞ」
「でも、君、お金、欲しいでしょう?」
「……」
一応は会話は成立する、と思いかけていた自分は考えが甘かったらしい。
オレは椅子の脚を握り直した。手のひらに汗が滲み出す。
生きていれば誰だって多かれ少なかれ金はいる。
でも、この男が言っているのはたぶん、そういう意味じゃない。
「望むだけのお金は払うよ。
そうすれば、君が長年、悩んでいたことも解決する」
「オレが悩んでたこと?」
「うん。君の妹も弟も、この街から引っ越すことが出来るんだ」
オレはまじまじと男を見つめた。
この男は、オレを知っている。何を、どこまで?
どうして、そこまでオレのことを調べている?
「甥っ子に、素性の分からない人間をプレゼントするわけにはいかないからね。
君のことは、一通り調べたよ」
まるでオレの心を読んだように、男は続けた。