人狼坊ちゃんの世話係

萌ゆる月(2)

* * *

 ヴィンセントとセシルがやってきて、どれくらいの月日が経ったのだろう。
 気が付けば、ユリアの剣捌きは傭兵時代に培ったオレのそれをとうに抜かしていた。

「もう一度、お願いします!」

「来いッ」

 星空の下、剣と剣がぶつかる音が響く。
 オレはそれを庭の片隅で眺めていた。

 日に日に2人の剣戟は激しさを増し、
 もうオレの目では動きを把握しきれない。

 逆にヴィンセントが本当に人間なのか疑わしくなってしまうくらいだ。

「珍しい。見てるんだ」

 セシルから声をかけられたのは、そんな時だった。

「止めたって、ユリアは言うこと聞いてくれねぇし。それに……」

 オレは言葉の途中で、口籠もる。

 ハルの言葉が小骨のように胸に突っかかっていた。
 今だってすぐにでも止めに入りたいが、
 ユリアのしたいことを止めるのは間違いだと、やっと理解が追いついたのだ。
 どうして自分がそんなことにこだわっているのかは、分からないが。

「ユリアが強くなるのは……いいことだと、思うから」

「そうだね。前とは比べようもないくらい動けるようになってるし」

「ああ」

 ユリアは、驚くほど成長していた。
 自身の有り余る身体能力を使いこなせるようになり、
 ヴィンセントと互角にやり合っている。

 問題は、少しでも予想外の攻撃を受けるとそこから崩れてしまうことだろうが、
 それもすぐに乗り越えられるだろう。    着々と強くなっていくユリアを見ていると、
 何故か、少しだけ寂しく感じた。

「……お前、体調は大丈夫なのか」

 俺は、近くの木に背を預けて俯くセシルに声をかけた。

「うん。今日は元気」

「そうか」

 沈黙が落ちる。
 結局、セシルを救う方法を見つけられないまま、
 悪戯に時間ばかりが過ぎていた。

「悪いな。出来る限りのことはしてるんだが……」

 1番詳しそうなハルと話す機会を設けられずにいる。

 ユリアのためにも、セシルを助ける方法を探しているのに……
 館の書斎にある本にも、始祖と死徒の解消の仕方は見当たらないし、
 試すことも出来ていなかった。

「……バン。お前、人間だった割には、
 随分と考えが化物染みてきたんじゃない?」

「なに?」

「命あるものは、いつか死ぬんだよ」

 チラリとオレを見てから、セシルは言った。

「……お前はそれで良いのかよ」

 ヴィンセントを失いたくないから、
 ユリアに無茶をしたくせに。
 言外にそんな意味を込めれば、彼は肩を竦めた。

「良いも悪いもない。そういうものでしょ。
 形あるものはいつか壊れる」

「お前が言ってることは最もだよ。
 でも、諦めちまったら可能性はゼロになっちまう」

「お前は残酷だね。
 最後の最後まで、ボクに夢を見てろって言うの?
 叶うはずのない夢を」

「……前に、ユリアは言ってたんだ。
 死徒ってのは、始祖の体液を与えられて変質した存在だって。
 ってことは、ハルかユリアに噛まれれば、
 もしかしたら1月が死んでも、お前が生き伸びることは可能なんじゃねえか?」

「そうかもね。
 でも、2人とも噛んではくれなかったじゃないか」

 気まずいものを感じて、オレは目線を落とす。
 それから緩く首を振った。

「……今と前とじゃ事情が違うだろ」

「同じでしょ」

「違う。  前にユリアが噛まなかったのは、
 お前がヴィンセントの気持ちを無視してたからだ。
 2人で考えて、導き出した答えなら、ユリアは……」

「ムリなんだよ。
 ……お前さ、どうしてボクもここにいると思ってるわけ?」

「なに?」

 唐突に、鈍い音が鼓膜を震わせた。
 ハッとして音のした方を振り返れば、
 ヴィンセントがユリアを思い切り地面に叩きつけた所だった。

「ユリアッ!?」

 彼はフラつきながらも立ち上がろうとして失敗した。
 オレは急いで駆け寄ると、慌てて彼の身体を抱き起こした。

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