悪夢残滓(2)
穏やかな午後。
小鳥たちの囀りが聞こえてくる。
風は柔らかく、ほのかに庭園の芳しい香りを運んでくる。
オレはいつものように、ユリアの部屋の扉をノックした。
返事はない。でも、中に彼はいる。気配がある。
「入るぞ」
オレは扉を押し開けた。
「……バンさんは、怖い物知らずですね」
窓際に立つユリアがこちらを向く。その顔は酷くやつれていた。
「お前、何度もオレの部屋の前まで来てたろ。
いつになったら入ってくんのかなって思ってたけど、
全然声かけてくれねぇから、自分で来ちまった。
ひとまず、昼間に会う分には危険はないみたいだったし」
「正しいです。……今は、ですけど」
小さく頷くと、ユリアはオレに深々と頭を下げた。
「……すみませんでした」
「謝るってことは、あの夜のことは夢じゃなかったんだな」
「はい。僕は……あなたに酷いことをしました。
言葉にするのもおぞましいことを……
謝って済む問題じゃないのは分かっています。
許して欲しいだなんていいません。
それでも……謝らせてください。償わせてください」
「お前が謝ることはないだろ。
そもそも、お前はちゃんとオレに逃げるように言ってたわけだし。
……今日ここに来たのはさ、オレには屋敷を出ていく気はないって伝えるためだ。
正直、オレは……あの夜、自分の身に起こったことをちゃんと理解できてない。
よく覚えてもいない。
でも、逃げろつったお前を無視して、踏み込んだのはオレだ。
それだけは確かに覚えてる」
ゆっくりと告げれば、ユリアは目を大きく見開いた。
「何を言ってるんですか。
あなたに非なんて一つもない、僕が。僕が……」
「お前はオレを守ろうとしてくれてたろ」
「でも、守れなかった!」
ユリアは悲痛な声を上げると、うなだれた。
握りしめた手が震えている。
「僕はあなたを守れなかったんですよ。
僕は、アイツに負けた。僕がもっとしっかりしてたら、僕に力があれば、
あなたを守れたのに。僕が、僕のせいでっ……!」
「アイツって……あの狼のこと、だよな。
アイツはお前にとって、なんなんだ?」
ユリアが口を閉ざす。
俺は一歩、彼に進むと口を開いた。
「お前の手首の傷も、アイツが原因なんだろ」
「……っ」
「ごめんな。お前が苦しんでるの、気付いてたんだ。ずっと。
でも、どうしたらいいのか分かんなくて」
「あなたは、あの夜も……心配してくれて来てくれたんですね」
「……」
「僕は、あなたに全てを話すべきだったんだ。
そうして、もっと早くにあなたを手放すべきだった……」
ユリアが目を閉じる。
それから覚悟を決めたように、オレを見た。
「バンさん。僕は……知っての通り、人間じゃないんです。
人狼と、ヴァンパイアの間に生まれた、忌み子なんですよ」