螺旋回廊(3)
嗚咽と共に、彼が口にした内容は、
すでに人狼から聞かされていたものと同じだった。
「なんでですか、バンさん……なんで、僕に両親の話を思い出させたの……?
痛い……あなたが言った通りだ……
ねえ、どうして? どうして……」
「……お前に必要なことだから。そう、言ったろ」
噛み締めた歯の隙間から、力の無い声が漏れる。
「必要? こんなにつらいことが、必要なの?」
「必要だよ。
じゃないと、お前は……いつまで経っても欠けたままだ」
「欠けた……?」
「忘れないで欲しいんだよ――ちゃんと愛されてたってこと。
大事にされてたってこと。
お前自身が、お前のこと愛せるように」
抱きしめる腕に力を込めて、ゆっくりと大きな背をさする。
「無茶言わないでよ……
僕が……僕自身を愛せるわけないでしょう?
だって、僕のせいで2人は死んだんですよ」
「お前のせいじゃないだろ。殺したのは1月の――」
「僕には戦う力があったんですよ。
なのに、怖くて、言い訳して、動かなかった。
2人を助けようともしなかった」
「お前はまだ子供だったんだよ」
ユリアは首を振ると、オレを押しやった。
「子供だからなんて関係ない。
僕は世界で一番愛している人たちを見殺しにしたんですよ。
そんな自分を、どうやって愛せって言うんですか?
僕が愛されてた? 大事にされてた? そんな価値なんてない……!」
涙で頬を真っ赤にして、彼は続けた。
「あの時、僕が動いていれば……
2人とも、今も元気に生きていたかもしれない。
お爺さまだって……
何もかも、僕が……僕のせいで……」
「ユリア……」
「しかも僕は何もかも忘れてた。
被害者ぶって、本当、最低だ……」
「……オレがしてるのは……お前にとって、余計なことかもしれねぇ。
でも、オレはさ、どんな時でもお前に生きることを諦めて欲しくないんだよ。
愛してるんだ。一緒に生きて欲しいんだよ。だから……」
「止めてよ、バンさん。僕はあなたと一緒に生きて、安らぎを感じるなんて……許されない」
……今日は、何て告げようか?
伸ばした指先が戸惑って宙をかく。
やがて力なく握りしめて、オレは手を引っこめた。
もうどんな言葉も試した気がする。
「こんな自分、知りたくなかった……
愛されてたなんて、知りたくなかった。
僕はひとりで良かった。それが相応しかった」
――どんなにつらくても、苦しくても、
過去と向き合って、前を向いて欲しい。
そんな考えはやっぱりオレのエゴで、
オレはいたずらにユリアを傷付けているだけなのかも知れない。
* * *
泣き疲れたユリアの寝顔を見下ろしていると、
やがて、シロが目を覚ました。
「……くたびれた顔をしている」
頬に触れる爪先に、オレは鼻で笑ってみせる。
「なら、寝かせてくれ」
「構わん。勝手にする」
「お前、本当……クソ野郎だな」
腕を引かれた。
ベッドに組み敷かれたオレは、溜息と共に肢体を投げ出す。
シロに抱かれた日、オレは死ぬほど落ち込んだ。
でも、次の日も、そのまた次の日も求められているうちに、
罪悪感はすっかり摩耗して、それは日常になっている。
「……そろそろ諦めたらどうだ?」
オレのシャツのボタンを外し終えると、
シロが口を開いた。
「何をだよ」
オレは袖から腕を抜きながら、答える。
「何十回と同じ事を繰り返しているんだ、
気付いていないとは言わせないぞ」
目線を逸らせば、顎を掴まれ顔を覗き込まれた。
「貴様が、何度思い出させてもアレは変わらない。
両親の死を受け入れられず、翌日には元の木阿弥だ」
「……」
「貴様はただ意固地になっているだけだろう。
だから、諦めろと言っている」
腹立たしいが、コイツの言うことは合っていた。
オレは確かに意固地になっている。
『ユリアの記憶を正す』
つらい過去に向き合って乗り越えれば、
自分を大事に出来るようになるんじゃないか……
そんな風に思っていた。それがあるべき健全な形だと。
はっ……健全ってなんだよ?
わざわざユリアを悲しませて、オレは何を得た?
何度、傷痕を抉っても変わらない。……変えられない。
「……ごちゃごちゃ、うるせえな。
黙ってこっちに集中しとけよ」
オレは足先で獣の股間を弄った。
ヤツは苛立たしげにオレのくるぶしを掴むと持ち上げた。
「……抱いて欲しいなら、そう言え」