虚飾の檻(5)
* * *
胸焼けがする。体が重たくて、ズブズブとベッドの中に沈んでいきそうだ。
「――さん、バンさんっ!」
声に瞼を持ち上げれば、視界にユリアの整った顔が飛び込んできた。
「ユリア……?」
「大丈夫ですか? 凄くうなされてましたけど」
「ちょっと……嫌な夢見た……」
「夢? 体調が悪いとかではなくて?」
「ああ」
ユリアが心配そうにオレの頬に触れ、額に手を這わせる。
「確かに熱はないみたいだけど……凄い汗かいてますね」
「ありがとな。オレは大丈夫だよ」
ただの夢だから、とオレは繰り返す。
……何もかも夢だったら、どれほど良かっただろう。
全身の気怠さに昨晩のことがまざまざと思い起こされて、
暗澹たる気持ちになる。ユリアの顔を真っ直ぐ見れない。
「本当に? 無理してない?
今日は横になってた方がいいですよ」
「平気だよ。夢見が悪いだけで休んでたら、生きてけねぇっての」
オレはケラケラ笑いながら体を起こして、ベッドから下りた。
その瞬間、オレはギクリとして身体を強張らせる。
下着が濡れる感触。内股を伝う生温かな……
「バンさん? 本当に大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ――」
オレは思わず、ユリアの腕を振り払っていた。
「え……」
戸惑う恋人に、ハッとする。
「わ、悪い」
「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」
「や、違う。その……まだ、夢のこと引き摺ってて……
ちょっと頭冷やしてくるよ」
「川に行くの? なら僕が連れていきますよ。心配だし」
「……ありがとう。でも、水浴びるだけだから」
「そうですか……」
オレは無理やり笑うと、ぎこちない動きでベッドを下りた。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「ああ。朝食の準備までには戻るよ」
心持ちゆっくりと歩いて小屋を出る。
次いで外に出たオレは、次第に歩く速度を上げた。
前に進む度に、ぐちゅりと忌々しい水音が立つ。
「はぁ、はぁ、はぁ……クソッ……」
最終的にはオレは走った。
やがて、いつも水浴びしている川に辿り着くと、
その勢いのままザブザブと川の中へと入っていく。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
思い出したくもないのに、昨晩のことが脳裏にこびりついている。
「クソ、クソ、クソ……」
下半身を水に浸けてやっと動悸が少しだけ落ち着いた。
オレは、水をすくって顔を洗った。
それでは足りなくて、もっと深い場所まで移動し頭まで潜る。
陽光にきらめく川の水面は一見さほど揺れてはいなかったが、
中に潜れば、水の流れの音がゴオゴオと聞こえてきた。
……オレは、
ユリアを裏切った。
『でも、あれは必要なことだった』
頭の中で、声がする。それにオレは問い掛ける。
本当に必要なことだったのか? と。
ユリアを信じていたなら、
馬鹿正直に抱かれる必要なんてなかったんじゃないか……
「……」
息を吐く。唇から溢れた空気の泡が、ゴポゴポと音を立てて上へ登っていく。
オレはキツく瞼を閉じた。
もっと早くに、ユリアの弱さと向き合っていれば
こんなことにはならなかったんだと思う。
ユリアがメティスのことを忘れた時、オレはそれに甘えた。
彼とケンカをするのが嫌だった。自分の必死の行動を否定されるのも嫌だった。
オレは逃げた。ユリアだけじゃない、オレも逃げていた。
あそこで向き合っていたのなら……
オレは両手で頭をかく。
なんだか最近は後悔してばかりだ。
しっかりしねぇと。
ユリアを、あのバカ野郎の暴挙から守る。
それと同時に、彼の心の絡まりを解いていく。
ひとつ、ひとつ……ユリアが自分の人生に向き合えるように。
必要なのは、準備と順序、それから根気強さだ。
そんな思案を巡らせている時だった。
突然、腕を掴まれたかと思うとオレは上へ引き上げられた。
「ぷはっ……!!」
肺に勢いよく空気が入ってきて咳き込むように、大きく肩で息をする。
「何してるんですか!? 服着たまま川の中に入るだなんて……!」
ユリアが心配そうにオレを見下ろしていた。