人狼坊ちゃんの世話係

虚飾の檻(2)

「殺された……?」

 オレは呆然とシロの言葉を繰り返す。

『亡くなりました。病気で』

 以前、ユリアは自身の両親のことをそう語っていた。
 覚えていないのだとも。

「病気で亡くなったんじゃないのか」

「フン。人外が病になるか」

 シロはあっさりと、あの時のオレの疑惑を肯定する。

「……殺されたって、誰にだよ? 処刑官にか?」

 思い切って踏み込んだオレを、
 シロはジロリと見やってから、鼻に皺を寄せた。

「同族だ」

 1度、言葉を句切ってから、彼は続けた。
 ――1月のヴァンパイア、と。

「1月……?」

 何処かで聞いた。確か、あれは……
 セシルをいたずらに死徒にした、ヴァンパイアの名前だ。

「待てよ。なんでそいつがユリアの両親を殺す?」

「1月は、アイツの身体を欲していた。
 アイツは日の下を歩けるからな。
 ……大方、同じ体質になるにはどうすべきか調べたかったのだろう」

「それでユリアは、両親の死を忘れたのか」

「ああ。全ての真実を俺に押し付けてな」

 シロはゴロリと寝転がると、
 つまらなそうに前足に頭を乗せた。

「父親は1月と戦って死んだ。次に母親が俺をかばって死んだ。
 その後、祖父と叔父が来て1月を撃退した。
 が、祖父はその時のケガが原因で未だまともに動けない」

「爺さんも……」

「アイツは貴様に言っただろう?
 出生を疎んだ祖父に屋敷に封じられたと。
 祖父は確かに純血主義者だった。
 だが、最終的には父を認めていた。
 だから家族3人で暮らすことを許した」

 白銀の尾をペタリと地につける。
 彼はどこか遠い日を思い出すように目を細め、喉を鳴らした。

「アイツはあの日のことを――力ごと切り捨てた。
 力を封じたのはアイツ自身というわけだ」

「なるほどな……」

 オレは、シロの話を全面的に受け入れた。
 ユリア自身は覚えていないし、
 コイツが嘘をつく理由もないと思ったからだ。

 オレは屋敷のことを思い出す。

 美しく整えられた、静かな楽園。

 屋敷に来たばかりの頃は気付かなかったが、
 歪ながらも、確かに隅々まで……愛で満ちていたように思う。

「……お前が、ユリアに苛立つのもなんとなく分かったよ」

 ユリアが切り捨てたのは、記憶と力だけじゃない。
 愛されていた事実すら、捨ててしまったことに、
 シロは憤っているのだろう。

「でもさ、小さい頃に両親を目の前で殺されるなんてのは……やっぱつらいし。
 忘れちまったのも、心を守るためだ。仕方ねぇ。
 まあ、忘れるのがクセになっちまってんのは、良くないとは思うけど」

 隣に座れば、尾を巻きつかせるようにしてオレに触れた。
 オレはシロの背を撫でた。

「ユリアは、何処かで……両親に会いたいとか、思ってんのかな」

 だから、あそこまで生きることに臆病になっているのだろうか。

 自分の母親を思い出してみる。
 彼女が死んだ時、オレには悲しむ暇がなかった。
 弟と妹をなんとかして食わさなきゃならなかった。

 必死で働いて、働いて、
 少し余裕が出来た頃には、母親の声も顔もぼやぼやしていて、
 ただ、言葉にならない虚しさだけが胸に残っていた。

「貴様はとことんアイツのことになると、目が曇る」

 ふと、シロが言う。
 顔を上げれば、冷めた眼差しがオレを見ていた。

「それとも、そうであって欲しいのか?
 貴様は……世話係だからな」

「どういうことだよ」

「アイツは死にたいわけじゃない。
 ただ、自分の腑抜けさを認めたくないだけだ」

 シロの声に重なるようにして、
 ミミズクだろうか、近くの木の上からほうほうと声がした。

「両親を助けなかった理由を、母との不殺の約束に求めている。
 今、生きるために他者を殺せば、
 あの時、動かなかったのは恐怖のせいだったと認めることになるから」

 そう言うと、シロは立ち上がった。
 それから鼻先をオレに擦り付けるようにしてくる。

 視界が反転して、夜露に濡れた草の冷たさが背中に伝わった。
 目の前に月の輝く夜が広がる。

「……千年の恋も覚めるだろう?
 それとも、まだ貴様には……
 アイツが可愛い恋人に映っているのか?」

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