人狼坊ちゃんの世話係

命の雫(6)

* * *

 俯いたユリアの顔はよく見えない。
 けれど、握りしめた拳が震えていた。

「ユリア……あ、あのな」

 言葉がうまく見つからず、オレは口ごもった。

 何て説明すれば良い? 何が正解だ?
 血が足りなくて考えられなかった、なんてのは言い訳だ。

 無意識に先延ばしにしていた。
 いや、シロが……まだ、もう少し表に出ているかと……

 ユリアが、フラフラとオレに近付いてくる。

「教えてください、バンさん。
 この身体についた血は……僕のものですか?」

 オレの肩をキツく掴んで、ユリアは言った。

 言葉は問いの形をしていたけれど、
 彼がその答えを自分の中に持っているのは、火を見るより明らかだ。

 オレは押し黙った。

 束の間の沈黙の後、ユリアはすすり泣くような、自嘲の笑みを浮かべた。

「僕は、人を……殺したんですね。
 ねえ、バンさん。教えてよ。僕は……」

 嘘をつけば、少しでも彼の気持ちは楽になるんだろうか。

 誰も殺していない、と言えば……
 事実、シロが人を殺した場面をオレは見ていない。

 オレは何度か無意味に唇を開閉させてから、
 掠れる声を振り絞った。

「……たぶん」

 結局、オレはユリアの言葉を肯定した。

 肩を掴む指先に力がこもり、
 血の気が引いて真っ白だった。

 シロは良くやってくれた。
 出来るだけ殺そうとしなかった。
 だが、それで逃げられるほど相手は甘くなかったのだ。

 ――ジルベール。

 オレは、暗闇に消えた華奢なシルエットを思う。

 あの高さから落ちては、
 生きてはいないだろう。

「……どうして、アイツを出したんですか。
 あんな、人殺しを……どうしてっ……!」

「仕方なかったんだ」

 ユリアが声を荒げるのに、オレは努めて冷静に振る舞おうとする。
 しかし……

「仕方なかった!?
 人を殺して、仕方なかったって言ったんですか!?」

「ああ、そうだ。仕方なかったんだよ。
 アイツがいなかったら、確実にオレたちは捕まってた。
 殺されていたのはオレたちだった」

 知れず、オレの声は震えていた。

「仕方なかったんだよ」

 繰り返すと、ユリアは目を見開いた。
 それからオレを揺さぶっていた手を落とし、
 彼は力なく首を振った。

「彼らが用のあったのは僕だけです。
 あなたは大丈夫だった」

 その言葉に、我慢していた感情が振り切れる。

「アイツらがお前の頼みを聞くとでも?
 よしんば、そうなったとして……
 お前が傷つけられて、オレが平気でいられるわけねぇだろ!?」

 今度はオレがユリアの両腕を掴んだ。
 彼はハッとこちらを見てから、くしゃりと顔を歪める。

「僕は死なない。何をされても。
 あなたの中に心臓があるから。
 でも、失った命は二度と戻ってこないんですよ!!」

 腕を振り払われ、押し退けられた。

 奇麗な青い目から、ポロポロと涙が止めどもなく落ちる。

「ユリア……」

「死んだその人には、家族がいたでしょう。
 恋人がいたでしょう。
 誰かの尊敬する人だっただろうし、誰かの掛け替えのない命だった。
 それを、僕は……僕が……!」

 彼は自身を抱きしめると、絶叫した。

「僕は、誰かを殺してまで生きたいだなんて思わない!
 どうして……どうして、僕を置いていかなかったんですか!!」

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