命の雫(5)
* * *
それから数日は最悪だった。
血が足りないのか、酷い悪寒と吐き気でまともにしゃべることも出来ない。
そんなオレを、回復したのだろう人狼は抱きかかえて、移動していた。
瞼を閉じば、先ほど朝だった空には星が瞬き、
あっという間に、今がいつで、あの日からどれほど経ったのか分からなくなる。
幸い、追っ手の姿を見かけることはなかった。
お陰でオレは、夢の中に片足を突っ込んでいられる程度には、安堵していた。
「おい。起きろ、使用人」
声に薄らと目を開ければ、ぼんやりとした視界に人狼――シロの顔があった。
地面に寝転がされていたのだろうオレの身体を、
ヤツは抱き起こした。
「飲め」
口元に固いものが押し当てられたかと思うと、
冷たい水が口の中に流れ込んでくる。
「……ゴホッ、ゴホッ」
カラカラの喉に、その清涼な感触は余りに鋭くて、
思わず咳き込んだ。
「こぼすな」
咳が止まると、また水を流し込まれた。
コイツはオレを殺す気なんだろうか。
何度も咳き込みながら、そんなことを思う。
次に唇に押しつけられたのは、ぬめった何かだった。
「食え」
ムリヤリ唇をこじ開けられたかと思うと、
弾力のある、それでいて生臭いものが放られる。
血の味が口の中に広がった。
たぶん、肉……しかも、生肉で、
飲み込むにしては、かなり大きい。
「噛め」
無茶言うんじゃねぇよ。
血抜きもされてない肉なんて飲み込めるか。
そう言いたいのに、身体がだるくて声すら出ない。
オレは込み上げてきた生理的な吐き気のまま、嘔吐した。
「なっ……飲め。食わねば死ぬぞ」
また新しい肉が押し込まれる。
拷問だ。
拷問だぞ、これ。
「ゴホッ、ゴホッ……し、しぬ……からっ……」
「だから食えと言っている!」
食えるか!
オレは必死に唇を引き結んだ。
ああ、クソ。
せっかく飲み込んだ水も全部吐いちまったじゃねえか……
「……面倒なヤツだ」
唸り声が落ちる。
それから暫くして、唇の押し当てられた肉片は、
さっきよりもずっと柔らかく噛み潰されていて、小さくなっていた。
「これでどうだ」
かなりキツかったが、オレはゴクリとそれを飲み込んだ。
これくらいならば、なんとかなる。
本当に、なんとか、だが。
「……そうだ。それでいい」
それから、肉と水が交互に運ばれた。
食事を終えると、オレはまた深く眠った。
……そんな日が、何度か続き、
自力で歩けるまで回復したのは、
メティスから脱出して半月経った――新月の夜だった。
「道がある。たぶん、この先に山小屋があるんだ」
人狼に抱えられ移動しながら、オレは真っ直ぐ前方を指さした。
「……人が住んでいたら、どうする?」
「たぶん、いない。
この道……ほとんど草に飲まれてるだろ。
ひと月くらいは使われてないはずだ」
「そうか」
予想通り、山小屋が見えてきた。
「……ここでまた、しばらく身を隠そう」
もう随分と追っ手は引き離したはずだ。
里にも下りず、ひたすら山道を進んだお陰で、
姿を見られたということもない。
どれほど訓練された者でも、
オレたちの後を正確に追うのは、不可能に近いだろう。
「……シロ?」
山小屋の前までやってくると、シロはオレを地面に下ろし膝をついた。
「どうした? どっか痛むのか?」
「……さすがに限界だ」
そう言うやいなや、地面に突っ伏せるようにシロが倒れ込む。
「お、おいっ……!?」
抱き支えると、白銀の毛に覆われた身体が
みるみるうちに小さくなっていった。
「ん……」
金髪が揺れる。
懐かしいぬくもりに、オレは胸が締め付けられるのを感じた。
けれど、それも一瞬のことだ。
「バンさん……?」
オレは抱きしめた手を握りしめた。
ハッとユリアが身体を起こす。
「え……こ、ここ何処ですか!?
僕たち、教会の人に追われていたんじゃ……」
風に森の梢が音を立てた。
ユリアはオレを見下ろして、
続いて、血で黒く汚れた自身に気付いて、ゴクリと喉を鳴らす。
その顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。
「メティスから出たんですね。
――アイツの、力を使って」