人狼坊ちゃんの世話係

命の雫(3)

 その村の跡地には数十件の家の残骸があって、
 錆びついて穴の空いた鍋やら、工具やらが転がっていた。

 オレは一度人狼の下へと戻ると、
 ヤツを連れて、中央の集会所に入った。

 建物の中の石畳には草や木が生え、
 崩れた天井の合間から、月の光が差し込んでいる。

 オレは中央に乾いた木を重ねて、火を点けた。
 それから、その明かりを頼りに寝そべる人狼のケガを手当てした。

 リュックを捨てなかったのは、不幸中の幸いだった。

 ひとまず、近くの川から水を汲んできて、
 ケガを洗い止血を試みる。

 手足のケガはなんとか止血することが出来たが、
 腹部のはだいぶ深いようで、なかなか血が止まらない。

「……説明しろ。なんで、ケガが治らない?」

 沈黙が落ちる。
 パチパチと火が爆ぜる音に、人狼の荒い呼吸が重なる。

 辛抱強く言葉を待てば、
 しばらくしてヤツは口を開いた。

「……治癒すると言っても無限ではない。
 腹立たしいことに、奴から攻撃を受け過ぎた。それが原因だ」

「攻撃を受けすぎたって、どうすりゃいいんだよ……」

「どうもしなくていい。
 傷は徐々にではあるが確実に治っている。
 ……時間があれば、変わって一気に治してしまえるんだが」

「変わる? ユリアに変わるってことか?」

「……そうだ。肉体的に、人狼の影響が濃い俺とは違い、
 アレはヴァンパイアの特性が濃く現れている。
 治癒はヴァンパイアの特性によるものだからな、
 アレに変わればその速度も格段に上がる」

「なら、すぐユリアに変わって――」

「今、アイツを起こしてどう説明する?
 アイツは現状を受け入れない」

 オレは言葉を飲んだ。

 受け入れない。

 確かに、そうかもしれない。
 仕方なかったとは言え、オレたちは人を殺している。

「ただ、時間を無駄にするだけだ。
 そうなれば、俺たちは終りだ」

「……だからって、そんなケガでこれ以上走るのは無理だ」

「無理でもなんでも、走らねば追いつかれる」

「お前の言いたいことは分かるが……」

 いくらコイツの足が速いといっても、
 馬を潰して追われては、休んでいる暇などない。

 この数日が勝負だ。向こうも、オレたちも。

「……そもそも走るっつっても、お前は何処まで逃げるつもりなんだ?
 屋敷には戻れないだろ?」

 スヴェンの話を思い出すに、
 屋敷の周囲には教会の監視者がいるらしい。
 ならば、あの家にはもう戻れない。
 人を近寄らせないようにする結界も破れているのだ。

「走れるだけ走る。後は知らん」

「お前な……」

「それより、もう話しかけるな。
 休ませるために、ここへ俺を連れてきたのではないのか」

「……そうだったな」

 オレは人狼から離れると、火の前に座った。

「おやすみ」

 オレは森で拾ってきた枯れ枝を、火にくべる。
 ゆらゆらと揺れる炎を見つめていると、
 荒い呼吸が耳についた。

 人狼は目を閉じてはいたが、眠れていない。
 いや、寝ていないのだろう。
 いつ追っ手が追いついてくるか分からないから……
 食いしばった歯の間から、苦しげな吐息が漏れ出ている。

 オレは抱えた膝に、額を押しつけた。

 ――何をしてるんだ、オレは。
 爪が食い込むほど、拳を握り締める。

 屋敷で、処刑官たちに襲われたじゃないか。
 監視があるなんて少し考えれば分かったはずなのに。

 ユリアを外に連れ出したのは、オレだった。
 オレがもっとしっかりしていれば、
 メティスになんて行かなかった。
 街に入ってしまった後も、
 希望的観測で……楽しくて、ズルズルと滞在してしまった。

 人狼がいなかったら、
 ユリアは教会に捕まって酷い目に遭っていた。
 いや、今だってその可能性がなくなったわけじゃない。

 全部、オレが……オレがしっかりしていなかったせいだ。

「……ごめん」

 知れず、呟いていた。
 人狼には聞こえていただろうが、反応はない。

 オレは本当に何をしてるんだろう。
 世話係のクセに、主人を危険な目に遭わせた。
 今だって、コイツに運んでもらっていなければ、
 追っ手から逃げ切ることも出来ない。

 その上、ユリアに……人を殺させてしまった。
 彼の心を守ろうと誓っていたのに。

 疲れもあってか、思考が深く沈み込んでいく。

 現状を切り抜ける方法を見つけなければならないのに。
 落ち込んでいる暇はないのに。

 クソ。しっかりしろ。
 足手まといでいるのだけは、ごめんだ。
 何か、オレにも出来ることがあるはず。

 探せ。思考を止めるな。
 探せ、探せ、探せ。

 オレは胸に手を当てる。
 ドクンドクンと力強い心臓の音がする。

 逃げ切れないならば、いっそ、この心臓をコイツに返し――

 パキンッと燃える木が音を立てたのと、
 閃きが降って湧き、顔を持ち上げたのは同時だった。

「おい」

 オレは立ち上がると、人狼を揺すった。

「おい、起きろ。お前のケガを治す方法、思い浮かんだぞ」

「……なに?」

 億劫そうに、人狼が薄目を開ける。
 オレはその頬を両手で掴んで上向かせた。

「オレの血を吸え」

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