人狼坊ちゃんの世話係

命の雫(2)

「え? あれ? うそ、なんで噛んで……って、食べてる!?
 ぎゃぁぁああっ、い、痛い! 痛いよ、ジルベール!!」

 物凄い力で、彼は俺の肉を食い千切った。
 血が噴き上がって、ガクガクと身体が震えた。

「いてぇえつってんだろうが!!
 離せ、こらっ、あっ……クソ、いってぇえぇええ!」

 悲鳴をあげながら、俺はジルベールがココに戻ってきた理由を理解した。
 ゾクゾクした。
 彼は彼の理論を証明すべく戻って来たのだ。

「じ、ジルベール様……っ!?」

 処刑官の1人が、腰を抜かした。

 当たり前だ。

 死んだと思っていた上司が、死力を振り絞って動いたかと思ったら、
 ヴァンパイアを食べ始めたんだもの。

 更には、致命傷を負っていた身体が、みるみるうちに治っていく。
 そんなの、俄には信じられないに違いない。

「あはは、痛い、痛い。あはは、あははははっ……!」

 がっつくねえ、ジルベール。

 俺はゴポゴポ血を吐きながら、声をあげて笑った。

 ジルベール。ねえ、ジルベール。
 あんたの夢に協力してあげるよ。

 難しいことは分かんないけど、
 あんたは人を永遠の存在にしたいんだろ?
 俺にはそれが出来るから。

 唇から、ゴロゴロと乾いた吐息がこぼれる。

 俺の生きてきた、長い、長い人生はいつも愉快だった。
 楽しくてたまらなかった。それは、俺の、俺だけの人生だ。
 俺はそれに、とても満足していた。
 でも、たまには誰かのために生きてみたっていいかもしれない。
 何事も経験だと思うから。

 ジルベールは情熱的に俺を求めた。
 俺は、肉を殺がれ、骨を砕かれ、血を啜られ、
 丸ごと彼のお腹に収まってしまった。

* * *

 月の光が、木々の合間から微かに見える。

 メティスの街から逃げ出して、2晩、
 人狼はオレを抱えて走り続けていた。

 冷たい夜風が頬を撫でる。
 景色がもの凄い速度で後ろへ流れていく。

「ぐっ……」

 山を2、3越えたところで、人狼の足がもつれ、
 オレは地面に投げ出された。

「……っ!」

 軋む体をなんとか持ち上げ人狼を見れば、
 ヤツは膝をつき、苦しげに息を吐いていた。

 その足元には、赤い血溜まりが出来ている。

「おい……っ、大丈夫か……?」

「うるさい……貴様よりマシだ」

「どこがだよ……
 お前、ケガ治ってねぇじゃん……」

 毒でも塗られていたのだろうか。
 それにしても、治りが悪すぎる。
 這うようにして寄れば、伸ばした手を思いきり叩き落とされた。

「気安く触るな」

「そんなこと言ってる場合か。
 ……休める場所、探してくる」

 胸に去来する疑問と不安を飲み込んで、
 オレは踵を返した。

「貴様は馬鹿か? なぜ、俺が貴様を抱えて走ったと思っている?」

「だから、俺が行くんだろ……
 お前のケガをなんとかしねえと、すぐ追手に追いつかれちまう。
 ……そんなことも分からないくらい弱ってんのかよ?」

 人狼が押し黙る。
 オレは深く息を吸い込むと、今度こそ、森に分け入った。

 来た道を忘れないように、目印を付けながら慎重に歩を進める。
 身を隠せる洞窟や何やらがないか、目をこらした。

 どこかで火を焚いて、
 アイツのケガをちゃんと見なければ。

 強がっているのは、すぐに分かった。
 あのまま回復しなければ、命に関わるかもしれない。

 オレは祈るような気持ちで、草の生い茂った獣道を進む。

 ――やがて、その祈りが通じたのか、
 オレは打ち捨てられた村を見つけた。

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