人狼坊ちゃんの世話係

聖なる夜の贈り物(4)

 悪戯っ子のような表情を浮かべて、
 ユリアは続けた。

「なので、屋敷の仕事は全部僕に任せて、
 ゆっくりしてください」

「いや、ユリアが全部やっちまったら、
 オレのいる意味なくなるから」

「主人のお願いごと叶えるのも仕事の内かと思いますけど」

 唇を尖らせたユリアに、オレは短く吐息を吐き出す。

「……分かったよ。
 じゃあ、一時間だけな」

「短くないですか!?
 一時間じゃ仕事覚える前に終わっちゃいますよ!」

「なら、お前はどんくらい交代したいんだよ」

「そうですね……1年くらい?」

「長すぎるだろ!?」

 そんな長期間仕事に携わらなければ、確実にクビだ。

「あっという間ですよ」

「無理。給金貰っててそんなことできねぇよ。
 長くても1日だ」

 それに、世話を焼かれるなんて考えただけで尻の座りが悪くなる。

 ユリアはしばらく唸っていたが、
 やがて諦めたように肩を竦めた。

「……物凄く不本意ですが、分かりました。
 バンさんのこと、困らせたいわけじゃないし」

「そうしてくれると助かるよ」

 渋々頷くユリアに口付ける。
 2度、3度、唇を押し当てる頃には彼の機嫌はすっかり直っていた。

「ねえ、この屋敷の主人になったら、何かしたいことありますか?」

「うーん、どうだろうな。パッと浮かばねぇな」

「何しても良いんですよ」

「現状、満足してるしなあ」

 美味い飯も食えるし、綺麗な服も着られる。
 毎日、清潔な水で身体を清められるし、
 客に抱かれることもなければ、命の危険もない。
 これを幸せと言わず、なんと言おう?

「遠慮しなくて良いんですよ」

「遠慮なんて1ミリもしてねーよ」

 オレは思案を巡らせる。
 それから、あっと声を漏らした。

「風呂入ってみたいかも」

「お風呂?」

 きょとんとするユリアに、俺は深く頷いてみせた。

 屋敷には、大理石で出来た浴室がある。
 オレの部屋くらい広いそこには、部屋半分くらいの大きさの浴槽が、
 ドカーンとあって、いつももうもうと白い湯煙を上げているのだ。  地下から温水を沸き上げているらしい。

「そんなのこういう時じゃなくたって入れますよ。
 それより、もっと、こう、特別な」

「こういう時じゃないと、入らねーよ」

 あの風呂には入らない。
 これは、オレの中のちょっとしたルールの1つだった。

 ユリアはとかくオレと自分の身分のボーダーを乗り越えようとする。
 それはとても嬉しい。けれど、怖いとも思うのだ。

 もしも、自分がそれを当たり前のように感じてしまったら?

 オレは基本、自分を信じていない。
 傲慢になって、今を失いたくない。

 だから、緩いながらも、身を弁えるために幾つかルールを決めている。
 夜は出来る限り自室に戻る、とか……

 あの大理石の風呂には入らない、
 これも、そのルールの1つだった。

「寒い寒いって言ってるんだから、入ればいいのに」

「使用人なんだ。普段は水浴びで十分だっつの」

「じゃあ、この機会に思いっきり楽しんでください。
 ついでにハマってください」

「つっても、お前とは入らないからな」

「えー。つれないなぁ、もう」

 ユリアは苦笑すると、愛撫を再開した。

「こんなに愛し合ってるのに、
 まだ一歩引かれてるって悲しいですよ?」

「んっ……それでも、オレは世話係だから。
 その辺はちゃんとしたいんだよ」

「だったら、世話係、卒業して貰わないと」

「じゃあ、早くしっかりするんだな」

「明日がその初めの1歩です」

「はは……そりゃ、楽しみだ」

 シャツを脱ぎ捨てると、
 ちゅ、っと柔らかな感触が胸に吸い付いてくる。
 オレはユリアの頭を抱きしめて、背をのけぞらせた。

「あなたは明日の朝から、この屋敷の主人です。
 だから、今夜は僕の部屋で眠ってくださいね。
 ちゃんと、抱きかかえてベッドまで運んであげますから」

「は? 自分で行けるって」

「でも、腰抜けちゃうでしょ?」

 オレの尻を揉みながら、ユリアが囁く。

「そこは……お手柔らかに頼む」

 期待に高鳴る胸を無視して、オレはわざとらしく肩を竦めた。
 ユリアは困ったように笑うばかりで、
 頷いてはくれなかった。

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