眠れる、熱い毒(13)
「うっ……!?」
戸惑う、ジルベールの声。
「つまらない幕引きだな」
それに続いて、人狼が鼻を鳴らす。
「待ってください。私は……絶対にあなたを……!」
「対話の時間は、終わりだ」
顔を持ち上げると、ちょうど人狼の振るった腕がジルベールを直撃し、
彼の細い体が吹き飛ぶところだった。
「あっ……」
松明に照らされ、彼の影が城壁に長く伸びる。
そのまま、彼の姿は城壁の下へと消えていった。
「じっ、ジルベール様……!?」
オレの足を踏んでいた男は、
呆けたようにそれを見やってから、続いて激高した。
「貴様らぁぁぁぁああああ……!」
城壁の縁を掴むオレの指を踏み潰す直前、
オレは似合わない僧服を着込んだ男を一瞬見やってから、自ら手を離した。
僅かな浮遊感に続いて、体がもの凄い勢いで落下していく。
震え上がるほどの冷たい風に服がはためいた。
遠ざかっていく、松明の光と喧噪。
それと反比例するように、ぐんぐんと死へ向かっていく。
頭上に広がる、美しい夜の空。
「掴まれッ!」
そうして、その夢のような情景を切り裂くようにして、
黒い影が流星のようにオレ目がけて降ってくる。
オレは、重力に逆らって上空へ向かって手を伸ばした。
影は――人狼が、力強くオレの手を掴んだ。
そして、抱きしめられたかと思うと、
大砲の音に似た、腹に響く轟音が響いた。
人狼が城壁を蹴り、
オレたちは垂直に飛んでいた。
――谷底の、さらに向こうを目指して。
「くっ……うおおおおおおッ……!!」
間一髪、対岸へ跳んだ人狼は、勢いを殺すことができず、
オレを抱いたまま地面の上を勢い良く転がった。
「ぐぅっ……」
弾んで、回って、木にぶつかり、やっと動きが止まる。
「……クソッ! 無茶しやがって!」
体中がバラバラになったかのように痛かった。
それこそ、踏まれた指の痛みなんて遠い昔のことのようだ。
「誰のお陰で、その無駄口が叩けると思っている」
人狼が苦痛に顔を歪めながら、呻いた。
「悪かったよ。…………助かった」
「ふん……」
背後を振り返れば、城壁の上を慌ただしく動くいくつもの人影が見えた。
連中はオレたちをすぐさま追ってくるだろう。
「立て。さっさと行くぞ、使用人」
フラつきながら、人狼が体を起こす。
鼻腔を突く鉄の香り。
見れば白銀の毛並みは、暗闇の中でもどす黒く汚れている。
「……分かった」
オレたちは、重い足を引きづるようにして歩き出した。
行き先など見当もつかない。
頭上では、星が静かに瞬いていた。
『人狼坊ちゃんの世話係』3部おしまい To Be Continued