眠れる、熱い毒(11)
「協力だと?」
「はい。この世界に永遠の安寧を築くための協力です」
人狼が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「どういう冗談だ、それは」
「私は本気です。
この世界から争いをなくすには、あなたの協力が必要不可欠なのです」
ジルベールはそこで一旦言葉を区切ると、
芝居がかった様子で悲し気に夜空を見上げた。
「この世界から、なぜ争いがなくならないのか?
あなた方は考えたことがありますか?」
「なに……?」
「それは、この世界のありとあらゆるものが有限だからだと私は考えます。
食料、資源、領土……それら全てに限りがあるからこそ、
人は他者よりも多くを求め、結果、争いを生み出してしまう」
ジルベールは、目線を人狼へと戻すと、
「その最たるものが、命です」と続けた。
「命が永遠であり、死を退けることができれば、
人は生存本能という咎から開放され、
多くを求めることも、他者から奪うことも必要なくなる。
手に入れることに意味がなくなるんです」
言葉に、オレは呆気に取られてジルベールを見た。
死ななければ、争いがなくなる?
命が無限にあろうと、格差はなくならないだろう。
人の欲望に底なんてないんだから。
「その時、初めて人は真の平等を得る。
人はどんな時や状況であろうと、平等でなければなりません。
だからこそ、私は限りある命というものを恨みます」
彼は細長く息を吐き出し、真っ直ぐに人狼を見つめた。
「時に、あなたたちヴァンパイアは永遠の命を持っている。
だからこそ、同族同士で争うことはなく、皆穏やかに暮らしている。
私はあなたを研究し、この世界に永遠の安寧をもたらしたいのです。
ですから、是非協力してください」
「……貴様は、よほど愚か者らしい。
それを崇める周りの程度もたかが知れるな」
「おや。どうしてそう思うんでしょうか」
「不死になれば、争いがなくなる?
人間は意味もなく他者から奪い、嫉妬をするだろうが。
それは……ヴァンパイアとて変わらない。
貴様はそれを知っているんじゃないのか」
「……」
「そもそも命が平等のわけがない。
くだらない妄想を垂れ流すな。耳が穢れる」
「……すぐに理解して貰えるとは思っていません。
ですから、私には対話の準備があります」
「くどい。 一方的に理解を求めるそれの、何処が対話だ」
再び空気が張り詰める。
「……アンタの言う、その協力っていうのは、
ユリアに……コイツに犠牲になれってことなんだろ」
オレは膝を叩いて立ち上がると、疑問を口にした。
「はい、その通りです」
ジルベールは悪びれもせずに、答える。
「やっぱ、おかしいよ。 自分で言ってただろうが。命は平等なんだって」
「ええ、命は平等です。
ですから、1の犠牲で100万が救えるなら、
それに越したことはないでしょう?
世界から争いを無くそうとしているのです。
何の犠牲もなしに成し遂げられるとは思っていませんよ」
「勝手な理屈だ」
「あなたも『人』なら分かるはずです。
この世界に蔓延する悲しい物語の数々を。
救いたいとは思わないのですか」
「それを否定はしねぇよ」
少なくとも、オレはその『悲しい物語』ってやつを経験したことがある。
神に祈ったことも、恨んだこともある。
だけど。
「でも、だからってオレの大事な人を犠牲にする筋合いはねぇ」
「なるほど、あなたの考えはよく分かりました。
ですが、私も譲れないのです。困りましたね」
「……甚だ、どうでもいい」
束の間の沈黙に、人狼の不機嫌そうな声が落ちる。
「この世界の全ては、俺と俺以外に分けられる。
そうして、俺以外の存在などどうでもいい。
勝手に野垂れ死ね」
「……そうですか」
ジルベールは小さく嘆息した。
「それでは仕方がないのでしょう」
その言葉が終わるか終わらないかの内に、闇がうねった。
ジルベールが蛇腹剣を抜刀したのだ。
動きを読んでいたのだろう、人狼が攻撃を軽々と躱す。
続けざまに繰り出される、刃。
しかしその伸びた切っ先は、思わぬことに、オレの足元をすくった。
「なっ……!」
速度が違い過ぎる。
オレは一瞬にして足を捕らると、
まるでゴミを放るかのように、高々と放り投げられた。
「バンッ……!?」
視界が回転し、風景が恐ろしい速度で流れていく。
落ち――――
「くっ、ぅ……!」
死に物狂いで両腕を伸ばせば、指の先に辛うじて城壁の縁が引っかかった。