人狼坊ちゃんの世話係

眠れる、熱い毒(10)

「……なに?」

 血飛沫が舞う中、驚きの声を発したのは人狼の方だった。
 鉤爪はジルベールに届くほんの手前で止まっている。

 彼の背中は大きく切り裂かれていた。

「ふふっ、私の勝ちのようですね」

 人狼が膝をつく。

「大丈夫か!?」

「喚くな。……ただのかすり傷だ」

 人狼は敵から目を逸らさず、忌々しげに吐き捨てる。

「どんな奇術を使った……?」

「なんの仕掛けもありませんよ」

 ジルベールが腕を下げると、周囲の風が唸った。

 何かを察知したのか、人狼が背後へ跳躍すると、
 彼がいた部分の地面が大きく削り取られる。

「これは異国の武器、その名を蛇腹剣と言います」

 ジルベールはニコリとして、それを構え直した。

 先程まで確かに剣の形をしていたそれは、
 今は刀身部分が鞭のように伸び、だらりと地面に落ちている。

 それでやっとオレは周囲の男たちが、ジルベールとの距離を取り続ける理由を理解した。
 彼の間合いに入ってしまうと障害物が増え、自由に剣が振るえなくなる。
 だから助けない。下手をすれば利敵行為になるからだ。

「奇妙なものを使ってくれる……」

「形は確かに変わっていますが、これでいてなかなか使いやすいのですよ。
 特にあなたのようなスピードの速い相手にはね」

 人狼は舌打ちすると、ジルベールとの間合いを詰めた。

「なるほど、速度でリーチの差を埋めようというのですね。
 ですが、あなたの速さはこの剣を超えられるでしょうか」

 ジルベールが腕を振るう。
 蛇腹剣は巻きつくようにして宙を泳ぎ、人狼を無数に斬りつけ、
 問答無用で人狼の勢いを止めてしまう。

「鞭はね、音速の世界を越えるのですよ」

 後転し、距離を取った人狼にジルベールは微笑んだ。

「……何故、最初からそれを使わなかった。
 まさか、この俺に対して手加減をしていたつもりか?」

「ヴァンパイアを相手に手加減? とんでもない。
 抵抗しないと殺されてしまいますので、足掻いたまでです。
 私は初めに言ったはずですよ。話し合いで解決したいと」

「まだ、そんなことを言っているのか」

「困りましたね。どうしたら信じて貰えるのでしょうか」

 ジルベールは思案げにすると、
 何を思ったのか、剣を元の形に戻し、鞘に納めた。

「これで、信用していただけますか?」

「お前が間抜けだという事だけは理解できた」

 そうは言いながらも、人狼は鼻に皺を寄せるだけで
 ジルベールを攻撃しようとはしなかった。
 丸腰の相手を襲うのは、彼のプライドが許さないのかもしれない。

「それで話を聞いてくれるのなら、良しとしましょう」

 ジルベールは肩をすくめると、
 変わらない穏やかな微笑みを浮かべたまま、続けた。

「私は、あなたに協力していただきたいのです」

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