眠れる、熱い毒(6)
* * *
「どぅわぁぁぁあああ…………ッッ!」
叫び声が尾を引き、風景が矢のように流れていく。
瞬きする間もなく、眼前へと迫る民家の屋根が迫った。
体を丸めることでなんとか無傷でそこへ飛び乗ることに成功したが、
勢いまでは殺すことは出来ない。
そのままゴロゴロと屋根を転がり、
オレは真下にあった木箱の上に落下する。
「ンのやろ……殺す気かよ……っ!」
「あの辺りに落ちたぞ!!」
耳に届いた怒声に、オレは素早く身体を起こした。
続いて、すぐさま空を見上げると、
路地の間から見える塔の位置を確認し、狼野郎と合流すべく地を蹴った。
「くそ……」
投げられるとは思わなかったが、投げられた理由は分かる。
オレがあそこに居ては、まともに戦うことができないからだ。
流石のあいつでも、あの数を相手にしながら、
心臓を持つオレのことを守るのは難しいだろう。
ヤツはヤツなりに、信用してくれている。
……たぶん。
そう思うことにして、俺は身を屈めながら路地裏をひた走った。
「こっちだ!!」
声と共に、四方から金属がこすれる音が響いてくる。
このままでは袋小路に追いつめられ、捕まえられるのも時間の問題だ。
しかし、あいつが作ってくれたチャンスを、
ここでオレが無に帰すわけにはいかない。
オレは道の端に転がっていたゴミ箱を踏み台に壁へ跳ねると、
三角飛びの要領で向かいの家の屋根の端に掴まった。
「上に登っちまえば、追いかけて来られねぇだろ……」
そのまま、屋根へと上がろうとして──
「ッ!?」
視界の端に映った金属のきらめきに、
オレは体を持ち上げた勢いのまま屋根の上を前転する。
そんなオレを追うように、数本の矢が飛んできた。
「あっちに登ったぞ!」
「避けなかったら、顔に当たってたぞ今の……」
向こうも余裕がなくなってきたのか、それとも目的を忘れているのか、
明確な殺意を持って弓矢を放っている。
オレは屋根の上を走り抜け、通りの向こうの家へと飛び移った。
そして、そのまま別の路地裏へと降り立つ。
ヤツらと追いかけっこを続けたところで、時間を引き延ばすことにしかならない。
一刻も早く、狼がいるであろう見張り塔の前へ辿り着かなければ。
「ユリア、ここから絶対一緒に逃げるからな」
そう独りごちり、オレは再び闇の中を駆けた。
□ ■ □
その姿は、まさに人狼だった。
ユリアさんが、人狼へと変貌してしまった……
僕が、その事実をどう受け止めたらいいのかと迷っていると、
人狼はバンさんの首根っこを掴み、信じられないことに遠くへ投げ飛ばした。
「どぅわぁぁぁあああ…………ッッ!」
悲鳴が遠ざかっていくと同時に、
人狼は武装した神官たちへ向かって真っ直ぐに突進していく。
一瞬見えた人狼の表情は、
何処か満足したかのような笑みを口元に笑みを浮かべていた。
そして、
「ぎゃあああああっ!」
幾人もの悲痛な叫び声が静かな夜に響き渡る。
松明に照らし出された黒い影たちが、
無造作に地面に叩きつけられ、そして投げ飛ばされていく。
それでも、僕らを包囲していた男たちは次々に人狼へ立ち向かった。
バンさんの指示に従って物陰に滑り込んでいなかったら、
僕は彼らに踏み潰されていたかもしれない。
「弱いな。こんなものでは準備運動にもならないぞ?」
「化け物め……」
「銀が効かないなんて、どうしたらいいんですか……!?」
「ええい、怯むな! 回復するよりも早く切り刻んでやるまでだ!」
僕は震える足に力を入れると、教会の人間の意識が完全に人狼へと向いた隙に、
彼らとは逆方向へと逃げ出した。
今、僕にやれることはない。
……今は、まだ。