眠れる、熱い毒(5)
「すみません、バンさん。でも、こうするしか……」
ユリアは耐えるように拳を握り締め、そう続ける。
それを、鎧の男たちは鼻で笑った。
「我々が化け物の提案を素直に飲むと思っているのか」
「もし受け入れてくれないのなら……ここで暴れます」
ユリアの言葉に辺りがざわりと色めき立つ。
「あなたたちは、僕が何者なのか理解しているのでしょう?
だったら、選択肢はないはずです」
鎧の男は逡巡するようにしばらく無言を貫き、
やがて溜息と共に言葉を吐き出した。
「……わかった、お前の提案を飲もう」
そう言いながらも、男の後ろや屋根の上にいる連中は警戒を解こうとはしない。
何か妙な動きをすれば、すぐにでも臨戦態勢へと移るつもりなのだろう。
やはり、奴らは信用できない。
いや、それ以上に──
「ダメだ、ユリア」
「大丈夫ですよ。僕は死なないから」
「……そうじゃねえ。そういう問題じゃねぇ」
オレは苛立ちのまま、ユリアの肩を掴みこちらを振り向かせた。
「お前、奴らが何するつもりか分かってるのか?」
正確に何をするつもりかなんてオレにも分かりはしないが、
ヴァンパイアを生きて捕らえようとしているのだ。
ロクなことであるはずがない。
「ええ。たぶん……」
「たぶんって……分かってるなら、なんでそんなこと言えるんだよ!?」
「戦ったら誰かの血が流れます。それは、とても哀しいから」
「だから、自分が傷つけられるって?
意味分かんねぇ!」
敵のど真ん中にいるということも忘れて、オレは感情のままに声を荒げた。
「いいか、ユリア。オレたちは何も悪いことなんてしてないだろ。
向こうが勝手に突っかかってきてんだよ!
それなのに、なんで大人しく好き勝手されようとする?
そんなの……そんなの、オレは認めねぇぞ!」
暴力を否定する彼の姿は、
オレにはただの自傷行為にしか見えなかった。
「彼が決めたことだ。なぜ、お前が否定をする」
鎧の男があざ笑う。
オレはキッとヤツらを睨み付けた。
「うるせぇ、オレはこの坊ちゃんの世話係だ。
お前らの好きになんかさせてたまるかよ!」
頭の中で、たがが外れる音が聞こえた。
そうだ、最初から考えるまでもなかったじゃないか。
スヴェンをかばってユリアが表に出た時点で、選択肢はもうなかった。
「ここを突破してやる……
お前らを全員ぶっ飛ばして、壁を越えてやる!」
「バンさん!?」
「彼は誰かの血が流れることを望んでいないようだが?」
今からオレがすることを、ユリアは許さないかもしれない。
もう2度と、あの穏やかで優しい時間は戻ってこないかもしれない。
でも、それでも、オレは……ユリアが傷つくのはイヤだ。
「ごめんな、ユリア」
オレはユリアが反応するよりも早く、彼の鳩尾へと拳を埋めた。
「うっ……」
崩れ落ちる彼を、オレは抱きしめる。
「おい、貴様! 何をしている!?」
男の問いには答えず、オレはスヴェンに言った。
「スヴェン。これから、この辺りは大騒ぎになる。
その混乱に乗じて、なんとかこの街から逃げ出せ」
「それって、どういう……」
「説明してる暇はねぇ。
正直、お前にはかなりムカついてるけど、
どうしても欲しいもんのために足掻く気持ちはよく分かるよ。
だから、これでお別れだ」
オレの言葉が言い終わるか終わらないかのタイミングで、
ユリアの身体に変化が訪れた。
筋肉が盛り上がり、衣類がミシミシと軋む。
飴色の髪から色が抜け、
細く長い指の爪は凶悪な鉤爪へと変わった。
「コイツ……!?
撃て! 人狼化させるなッ!」
矢が一斉に放たれ、その隙間を縫うようにして鎧の男たちが剣を振りかぶる。
しかし、それらがユリアに辿り着くよりも速く、
シャツが破れ飛び、中から白銀の狼が現れた。
「オオオオオオオオ!」
月のない空を仰ぐと、奴は雄叫びと共に腕を振るった。
その鋭い爪が、全ての弓をごみクズへと変え、鎧の男たちの足を止める。
「最悪な目覚めだ……」
「説明が必要か?」
「いらん。皆殺しにすればいいんだろう?」
「違ぇよ。あの壁を乗り越えて、街から出るんだ」
「つまらんことで起こしてくれる。
それをしたら、俺に何のメリットがある?」
「無事に切り抜けられたのなら、何だってしてやるよ」
「フッ……その言葉、忘れるなよ」
オレの返答を待つことなく、人狼は無造作にオレの首根っこを掴んだ。
「おわっ!?」
「さて、目覚ましがてら運動でもするとしようか」
次の瞬間――
オレは人狼によって高々とぶん投げられていた。