眠れる、熱い毒(4)
「どういうことですか……?」
「……許してください。
僕は僕の夢のために、どうしても1等市民になりたいんです」
「その夢のために、オレたちを売ったってことか」
オレが睨め付けると、スヴェンはそっと視線を外した。
「仕方なかったんですよ……」
「そうかよ」
自然と拳に力がこもる。
これを怒りに任せて振るうことができたら、どんなに楽だろう。
「バンさん……」
「分かってる、今がどんな時かってことくらい」
「分かっているなら、無駄な抵抗はやめておけ」
物陰から鎧姿の男たちを覗けば、その内の1人が、低い声で言った。
「そうすれば、痛い目を見ずに済む」
「剣を構えた奴の言葉なんか、信用できると思うか?」
「できるかどうかは関係ない。お前たちに選択権はないのだからな」
もっともな事を言いやがって……
とはいえ、このまま連中の好きにされるつもりはない。
さて、どうやってこの場を切り抜けたものかと考えていると、
スヴェンが躊躇いがちな足取りで、物陰から出た。
「誰が勝手に動いていいと言った?」
「え……?」
先頭にいる鎧の男が、スヴェンに剣先を突き付ける。
彼は戸惑ったように眉根を寄せると、
周囲を見渡し、困惑したように声を振り絞った。
「ま、待ってください!
どうして僕にまで武器を向けるんですか!?
彼らをココまで連れてきたのは僕ですよ!」
「それで、報告を怠った罪が帳消しになるとでも思っているのか?」
リーダー格だろう、鎧の男が厳しい眼差しをスヴェンに向ける。
「本来ならコイツらを街中に入れることはなかった。
お前は市民を危険に晒したんだ」
「彼らは一般の人間に危害は与えないと判断したからです。
生け捕りにするなら、だだっ広い平地では難しい。
今、彼らをここまで追い詰められたのは僕のお陰じゃないですか」
話から察するに、彼はオレたちを捕えるべくメティス行きを提案したのだろう。
しかし、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
この危機を――前も後ろも、更には上にも獲物を構えた敵がいるこの状況を、
どう切り抜けるかが問題だ。
思案を巡らせていると、スヴェンが拳を握りしめ、震える声で言った。
「ジルベール様は、約束してくれました。
1等市民にしてくれるって。なのに……」
「農村で生まれた者は、2等市民止まり。
天地がひっくり返っても覆ることはない。それが秩序というものだ」
「ただ僕は、本が読みたいだけだ。
世界をより深く知りたいだけだ。
夢を見るのに、生まれなんて関係ないでしょう……!?」
「関係ならある。お前が下賤な生まれではなければ、
こうはならなかったのだからな」
鎧の男が無造作に片手を上げた。
「危ない!」
「えっ……?」
空気を切り裂く重い音が響いたかと思うと、
矢が真っ直ぐスヴェンへ向かって飛ぶ。
ユリアが往来に飛び出したのは、同時だった。
「く、ぅ……っ」
「ユリア!?」
オレは慌てて物陰から出ると、ユリアを庇うように立った。
彼の肩口には深々と矢が刺さっている。
「おまっ……何して……!!」
「……あたた」
ユリアはぎゅっと眉根を引き絞ると、苦笑いの表情でふぅふぅと息を吐いた。
自己治癒出来るとは言え、痛みが消えるわけではないのに。
「ユリアさん……ど、どうして……
僕はあなたたちを売ったのに……」
「だって……スヴェンさんは矢なんて受けたら死んでしまうから」
「それは、あなただって――」
ユリアは自分で矢を抜いた。
鏃に抉られた傷口から、血が飛び散る。
「なっ、何してるんですか……!」
狼狽するスヴェンをよそに、傷口からうっすらと白い煙が上がった。
血はみるみるうちに止まり、
数秒後には、そこには、シャツに穿たれた穴だけが残る。
スヴェンが大きく目を見開いた。
「傷が、治った……?」
「化物め……」
鎧の男が苦々しく吐き捨て、じりじりとこちらへと詰めてくる。
周りの連中もそれに倣った。
辺りには殺気がこもり、下手に動けば弓矢で針山にされかねない。
状況が更に悪くなっちまった。
思わず舌打ちがこぼれる。
ここを抜けられれば、あとは見張り塔に登るだけだというのに……。
「ユリア、怪我はどうだ?」
「問題ありません。バンさんの方こそ、大丈夫ですか?」
「オレのは、もうとっくに治ってるよ」
逃げる分には何の問題もない。
ただ、その方法がないというだけで。
考える暇すら与えないとでも言うように、男たちが更に迫ってくる。
ヤツらを倒して先に進めればいいのだが、
訓練された連中を前にしては、オレの技術など付け焼刃に等しい。
どう足掻いたところで、
オレとユリアでは、ここを突破することは出来ないのか……?
「お前たち、奴らの足を狙え。
身動きが取れなくなったのを確認したら、足を切断する。
化け物は言うまでもないが、男も縫合しておけば死にはしない」
随分とひでぇ事を考えやがる。
足を切り落とされちまえば、回復に時間がかかりすぎる。
いや、オレに限れば、回復するかどうかも怪しい。
「ま、待ってください!!」
その時、ユリアが両手を広げて前に出た。
「僕、行きます。
だから、2人のことは見逃してくれませんか」
「ユリア……っ!?」