人狼坊ちゃんの世話係

眠れる、熱い毒(3)

* * *

 それから、程なくしてオレたちは西側の見張り塔近くの路地裏に辿り付いた。

「ちょっと待ってろ」

 オレは近場の家をよじ登って、屋根の上に出る。
 塔の前には馬車3台停まれるかどうかの広場があり、
 そこには幾つかの松明の灯が見えた。

 スヴェンの言った通り、他の塔と比べて明らかに見張りの数は少ない。
 あそこから城壁の上へと渡り、崖ではない方まで進めば街を出られる。
 出られるが……

「……やっぱ、別のルートを探した方がいいな」

 屋根から下りたオレはユリアたちに言った。

「……どうしてですか?」

 スヴェンが訝しげに眉根を寄せる。

「見張りの人数が少なすぎるんだよ」

「ですから壁の向こうは崖なので、
 あそこを登っても逃げられないと考えているんじゃないですか?」

「分かってる。それを踏まえても人の配備が少な過ぎる。
 もしかしたら近くに潜んでいるのかもしれねぇ」

 難しい表情をするスヴェンの隣で、ユリアが頷いた。

「それじゃあ、別の場所を探しましょう」

「今から別の場所を探すんですか?
 それこそ包囲されて身動きが取れなくなってしまうのでは?」

「それは……」

「別の場所を探すのも、このまま進むのもリスクは同じだ。
 だったら、オレは自分の勘を信じたい。
 ユリア、それでいいか?」

「はい。僕はバンさんについていきます」

 決めたのなら、ここに長居する理由はない。
 オレはすぐさま踵を返そうとし──

「……ぐっ!?」

 ビュンッと風を斬る音に続いて、右足に燃えるような痛みが走る。

「バンさん……!?」

 身体が傾ぐ。
 オレは痛む足から力を抜き、転がるようにして物陰へと身を潜めた。

「ユリア、隠れろ!」

 そう叫んで、オレは自分の足を見下ろす。
 脛には深々と矢が突き刺さっていた。

「クソっ!」

「大丈夫ですか、バンさん!?」

 スヴェンを連れて転がり込んできたユリアが、
 オレの足を見て顔面を青く染める。

「見ての通り、全然大丈夫じゃねぇ。けど、それ以上に……」

 オレの声に呼応するように、今まで欠片も感じなかった気配が闇に現れた。

 道の前後を塞ぐ鎧姿の男たち。
 屋根の上には、数人の男が弓を引き絞りコチラに矢を向けている。

「囲まれてる……!?」

「ヤバイ状況だぞ、こりゃ……」

 ユリアの聴覚でさえ欺かれたとなると、相手は相当の手練れだ。
 誘い込まれている気がする、というのは杞憂ではなかったらしい。

「すみません、僕たちのせいで巻き込んでしまって。
 けど、必ずスヴェンさんは助けますから」

「謝る必要なんて、ありませんよ」

「けど……」

「本当に謝らなくていいんです」

 状況を見回していたスヴェンが、ゆっくりとこちらに振り返る。

「謝らなくちゃいけないのは、僕の方なんですから」

「スヴェンさん……?」

 彼は胸元を押さえると、泣いているように笑った。

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