人狼坊ちゃんの世話係

眠れる、熱い毒(2)

* * *

 さすが地元の人間なだけあって、スヴェンの歩みは淀みなかった。

「西側の旧市街は、整備がされていなくて、
 道が入り組んでいるんですよ。
 そういうわけで、追っ手を振り切るにはもってこいなんです」

 オレは注意深く辺りに意識を張り巡らせ彼の後に続いた。
 下水の臭いが混じった、湿った風が頬をかすめる。

 似たような石作りの家が密集したそこは、迷路のようだ。
 祭りの時に見て回った場所とは明らかに違う。
 石畳は至る所が欠けいて、苔がこびりついていた。

「足下、気をつけてくださいね」

 前でつんのめりかけたスヴェンが、
 気恥ずかしそうにコチラを見て、ズレたメガネを直す。

 それから、しばらくして……

「……ふぅ。そろそろいいかな」

 完全に追手の気配を感じなくなると、
 スヴェンは歩く速度を落とした。

「ここまでくれば、そう簡単には追いつかれないでしょう」

「なあ、スヴェン。
 咄嗟に着いて来ちまったけど、何処に行こうとしてるんだ?」

 問いかければ、彼は足を止めてこちらを振り返った。

「追われているようだったので、撒いただけですよ。
 この区画は住んでいる人間ですら迷うくらい、入り組んでいるから。
 こちら側に用事のない教会の方じゃ、まず迷子になりますからね」

「そうか……もう1個、質問していいか?」

「はい? どうぞ」

「なんで、お前はあんな場所にいた?」

 オレが真っ直ぐに見つめると、
 スヴェンは意味がわからないとでもいうように首を傾げた。

「あんな裏路地に、何の用事があったっていうんだ?
 しかも、夜中だぞ?」

 慎重に彼を観察しながら、言葉を重ねる。

「それなら、不思議なことは何もありませんよ」

 スヴェンは軽く頷いた。
 彼の言うことには……
 往来が騒がしかったので、何か事件でもあったのかと
 様子を見に外へと出たそうだ。
 すると、神官や武装した兵士たちが歩いていた。
 これはただ事ではないと、彼らの後をつけ……

「バンさんたちが宿泊している宿に辿り着いたんです。
 あなたたちに宿を紹介したのは僕だ。
 何か事件に巻き込まれているのなら、放って置くことはできない」

 一度、言葉を句切ると、
 彼は糸のように細い目を薄く開いた。

「どうにかして中に入れないものかと考えていたら、
 窓から飛び降りる、あなたたちの姿に気が付いたんですよ」

「見られていたんですね……」

「ユリアさんは大きくて目立ちますから」

「うっ……」

 身体の大きさもさることながら、
 下りるのにモタついていたのも理由だろう。

「すぐに声をかけようとはしたんですが、途中で見失ってしまい……
 あの裏路地で、ようやく見つけたんです」

 スヴェンの言葉に理屈は通っていた。
 いくらか違和感を覚えなくもないが、彼を疑うには根拠が乏しい。

 コイツは信頼できるのか、否か。

 そんなことを考えていると、スヴェンが口を開いた。

「逆に僕からも質問させてもらっていいですか?」

「なんでしょう?」

「どうして、あなたたちは逃げなくてはならなくなったんですか?」

「そんなもん、コッチが知りてぇよ」

 スヴェンの問いに、オレは鼻を鳴らした。

 事実、オレたちは何をした訳でもない。
 何かあった訳でもない。

 けれど、追っていたのは異端処刑官だった。
 オレたちが人でないことが――バレている。
 いつからだ? 何故?

「……それで? どうしましょう?
 逃げるなら、壁を越えるしかないですが」

「ああ。だが、見張りの塔には人が配置されていて……」

「西側の塔には行ってみました?
 その様子だと、まだかとは思いますが」

 スヴェンが上を仰ぐ。
 彼の視線の先には、その他と同じような塔があった。

「西側の壁は、崖に面しています。
 警備の必要性が少ないですから、見張りは余りいないと思うんです」

「崖……」

「メティスを取り囲む壁と壁の間には20本の見張りの塔が立っていますが、
 それを登って、壁の上を歩くことが出来るんですよ。
 西側は崖に面していますが、そこを歩いて東側までぐるっと回れば……」

「バンさん……」

「……ああ。それに賭けるしかねぇな」

 スヴェンを完全に信用できたわけではないが、
 もしコイツが敵だとするなら、既に発見された時点で手遅れだ。

 なら、行けるところまで行ってみるしかないだろう。

「後は、なるようになれ、だな……」

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