眠れる、熱い毒(1)
幸い、窓から降りたところは目撃されていなかったようで、
オレたちは夜の闇に紛れることが出来た。
裏道に入り、宿から足早に遠ざかる。
時折、異端だなんだと言う声が聞こえて、そちらを見やれば、
灯火の下、鎧を身にまとった男が、2、3人の僧服の男と話していた。
彼らは教会の人間で、
捜しているのは多分オレたちだろう。
どうしてオレたちのことがバレたのかは知れないが、
明日の朝、街を出れば良いなんて、
希望的観測でしかなかったのだ。
「……クソ、ダメか」
いくつか街の外周にある門を見たが、
検問が敷かれていた。
「出られそうにないですね」
「そうだな……」
オレは街を取り囲む壁を見上げた。
この街から安全に出ようとするならば、あの壁を登るしか方法はない。
しかし壁の高さは、周囲の建物よりも遥かに高い。
近くの家の屋根から飛び移るなど出来るはずもなく、
壁に並立している、見張り塔から登るしかない。
もちろん、全ての見張り塔にも敵が待ち構えているだろうが……。
「……あの人たちが捜してるのは、僕なんでしょうか」
「そう思って行動した方が良いだろうな」
違うのならば、日の出と共に街を出るだけだ。
オレは眉根を落とすユリアを、励ますように髪をくしゃりと撫でた。
「ひとまず、警備の手薄な見張り塔を探そう。
っつって、これ以上、この格好でウロつくのは……」
オレたちを捜す人影は、確実に多くなってきていて、
包囲網を狭めてきているのだと分かる。
このままでは、見つかるのは時間の問題だ。
僧服か鎧か失敬して着替えなければ。
そうすれば、見張り塔にもうまく侵入出来るかもしれない。
「異端者はいたか?」
「いや、それらしい2人組は見ていない。この辺りはくまなく探したんだが……」
「だったら、向こうを捜そう」
裏道を奥へと向かって歩いていく2人組の神官を、オレは物陰からじっと観察する。
運が良いことに、周囲に人の気配はない。
「あいつらから、服を借りる。
後ろから近づいてオレがノすから、
お前は1人をココまで運んでくれ。
運んだら直ぐに脱がせて、着替えろ。縛るのはオレがやるから」
「わ、分かりました」
オレは姿勢を低くして、物陰から飛び出た。
――その時だ。
「ユリアさん!」
背後から聞こえた声に、オレは咄嗟に身構えた。
「ぼ、僕です! 敵じゃありません……!」
スヴェンだ。
スヴェンが、息を切らせて立っていた。
「スヴェンさん? どうしてこんな所に――」
「おい、何か声が聞こえなかったか?」
前を歩いていた神官たちが振り返る。
「まずい――」
「2人とも、こちらへ……っ!」
そう言うや否や、スヴェンが素早く踵を返した。
オレとユリアは、戸惑いつつもその華奢な背中を追いかけた。