人狼坊ちゃんの世話係

キャラメル・ショコラ(9)

「は……はっ? ウソなんて……」

「バンさんは、気持ちが良くなくても、それを真っ直ぐには伝えないじゃないですか。
 僕が初めて口でした時とか、歯が当たったりして何度も痛そうにしてたのに、
 それでも、上手だよ、って言ってくれた。
 つまり、さっきの……すっごく気持ち良かったってことですよね?」

「……」

 オレは無意味に口をパクパクさせる。

「そっか。……気持ちいいと、あんなことになっちゃうんだ。
 泣いて、よがって、凄く……凄く、可愛かったなあ……」

「お、おい、ユリア……」

「ふ、ふふ……」と、不気味な笑い声が聞こえてきて、
 オレは身の危険を覚えずにはいられない。
 自然と、身体がブルリと震えた。

「あ、寒いですか?」

 ユリアが気付いて上掛けを肩までかけてくれる。
 オレはチラリと恋人を見た。
 ユリアの血色はこの上なく良く、体の隅々まで力が満ちているようだ。

「この、体力オバケめ……
 あれだけ動いて、なんでそんなケロッとしてるんだよ」

「それは、だって、途中で飲んだりしましたからね」

「飲んだ?」

 言葉の意味を取りあぐねて、訝しげにする。
 ユリアは少し頬を染めて、頷いた。

「飲んだでしょう? あなたの……その……」

「……それと体力オバケ、どういう関係があるんだよ」

 あわあわするユリアに、先を促せば、
 彼はホッと胸を撫で下ろしてから続けた。

「バンさんの体には、僕の心臓があるんですよ。
 心臓は人狼やヴァンパイアにとって回復の要みたいなもので、
 つまり、あなたの体は僕にとって特効薬なんです」

「なっ……」

 オレは、まじまじとユリアを見つめた。

「つまり、オレの血とか飲めば、ケガの治りが早くなったりすると?」

「……? はい」

「じゃあ、何で今まで吸わなかったんだよ!?」

 思わず、体を起こす。  フラついたオレをすかさずユリアが支えてくれた。

「何度も飲む機会はあっただろ?
 処刑官が来た時も、セシルたちの時も……
 なのに、血を飲むだなんて話は一度も出なかったじゃねえか。
 オレの血で回復するなら、好きなだけ飲ませてやったのに」

「そんなこと、お願い出来ませんよ。
 血を飲むなんて物騒じゃないですか」

「おま、そんな理由で……?」

 思わずため息がこぼれる。
 ケガの治りを心配して、変わってあげたいと何度、切なく思ったことか……

「……次からは飲んでくれ。頼むから」

「……っ」

「なんで、顔赤くする?
 オレは、血を、飲んでくれと言ったんだが?」

「血じゃない方でしたら、喜んで。
 バンさんも気持ちいいですし」

「……バカ。
 ケガした相手にしゃぶらせるなんて出来るかよ」

「そこは妥協してくださいよ」

「妥協すんのはお前だよ!!」

 そんな話をしていた時だ。

「……ッ!」

 ユリアが唐突にオレの口を塞いだ。

「……んむむ!」

 彼が険しい眼差しを窓の外へ向ける。
 ただならぬその雰囲気に、オレも彼に倣う。

 階下に広がる闇の中で灯りが揺れている。
 暗くてハッキリとは分からないが、
 時折、松明の光に浮かび上がる鈍い輝きは鎧によるものだろう。    何者かがこの宿を包囲している。
 相手の数は、少なく見積もっても両手の指では足りなそうだ。

 ……まさか。

「バンさん……」

 不安げな声が落ちる。

「支度しろ。すぐに出るぞ」

 オレは足に力を込めると、ズボンをはきシャツを羽織る。
 そして、カーテンとベッドのシーツを結び合わせて縄を作った。

 それから図書館から借りた本をベッドのサイドデスクに置き、リュックを背負う。
 よくよくオレは、この本と縁がないらしい。

「忘れ物ないか?」

「はい」

 音を立てないようにして、窓を押し開ける。

 オレたちは目だけで合図すると、即席の縄を伝い窓から飛び降りた。
 階段を登ってくる、荒々しい足音を背に感じながら。

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