人狼坊ちゃんの世話係

麗しき僧服の男(8)

 スヴェンは、探していた本が借りられないことを、
 切々と、男――ジルベールに訴えた。

「……なるほど。そういうことだったんですね」

 彼は神妙に頷くと、カウンターに近付いた。

「彼にその本を貸してあげてはくれませんか?」

「し、しかし、ジルベール様。規則で禁止されておりまして……」

「彼らはその本を読むために、
 わざわざメティスまで来たと言うではありませんか。
 それを無碍にするというのは、いかがなものでしょうか?
 そもそも本というものは、万人に知識を与えるためのものであり、
 崇めたり、奥深くにしまい込んだりするものではありませんよ」

 受付の男が困り切った顔をする。
 ジルベールは優しげに目を細めると続けた。

「もちろん、このことに関して私が全て責任を持ちます。
 ですから、どうか彼らに貸してあげてください」

「……ジルベール様が、そこまでおっしゃるのでしたら」

「ありがとう。
 神は全ての行いを見ていて下さいます。あなたに祝福のあらんことを」

 本を受け取ると、
 ジルベールはそれをオレに差し出した。

「さあ、どうぞ」

「あ、ありがとう……ございます」

 オレは躊躇いがちに本を掴む。
 すると、彼は手を離さなかった。

 訝しみ顔を持ち上げれば、
 澄んだ蒼い瞳がこちらをひたと見つめていた。

「あの?」

「あなたは、不思議な目の色をしていますね」

「は……?」

「月の色だ。
 どちらからいらしたんですか?」

 オレはユリアと顔を見合わせてから、適当な地方の名前を告げた。

「そうですか。そんな遠いところから……」

 ジルベールは小さく目を見開くと、
 何処か思案げに目線を足元に落とす。

 その時、外から爆竹の鳴る音が聞こえてきた。

「……すみませんね、騒がしくて。
 メティスの祭りは後3日で終わります。
 普段は静かな街ですので、ゆっくり読書も楽しめると思いますよ」

 そう言うと、彼は優雅に頭を下げた。

「……それでは、私はここで。
 どうぞ、この街を楽しんでくださいね」

 銀髪を揺らし、踵を返す。

 オレたちは息を詰めて歩み去る彼の背中を見送った。

「すげー、綺麗な男だな」

「ええ、絵の中の人みたいです……」

 声を発するのも憚られるような、厳粛さを覚えていると、
 スヴェンがソワソワしながら、口を開いた。

「……バンさん、ユリアさん。
 あの、すみません。街を案内するというお話なんですが……
 お二人で行って貰ってもいいですか?」

「構いませんけど……どうかし――」

「本当にごめんなさい!」

 勢いよく頭を下げ、彼はジルベールの背を負った。

「あのっ、ジルベール様!
 お話ししたいことが……っ!!」

 足を止めたジルベールの横に、スヴェンが恐縮した様子で並ぶ。
 やがて、2人の姿は見えなくなった。

「偉い人なんでしょうか?」

「たぶん?」

 オレは手渡された本を丁寧にリュックに詰め込む。
 すると、ユリアの方から、ぐきゅるるっと腹の虫の音が聞こえてきた。

「なんだ、お腹空いたのか?」

「実は、さっきからペコペコで……」

「そか。じゃあ街の方に行ってみようぜ。
 祭りも気になるしさ」

 明日の朝には街を出る。
 そう決めて、オレはユリアと一緒に図書館を後にした。

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