人狼坊ちゃんの世話係

キャラメル・ショコラ(1)

 街の中央に位置する役所は、
 何処の貴族の城かと思うくらい、立派で美しかった。
 もしかしたら、以前はそうだったのかもしれない。

 そこから、街の出入り口である門へ伸びる大通りは、人でごった返していた。

 両端には所狭しと屋台が並び、客引きの声が飛び交っている。
 花を売る店、食べ物を売る店、東方からの珍しい小物を売る店、怪しげな占い師に、
 宗教的なグッズを売る店などなど……

「わ、わ、わっ。……バンさん、見て下さいよ!
 あの人、剣を飲んでっ……え、あれ、大丈夫なんですか!?」

 人混みに流されるようにして歩けば、
 時折、大道芸人たちが道に陣取り、流れを阻んでいて、
 それを目にする度にユリアが声を上げた。

「わあっ! あの人は火の上を歩いてるっ……
 ど、どうなってるんでしょう!?
 火傷したりは……っ」

「止まんな、止まんな! はぐれるからっ!!」

 オレはユリアの腕を掴んで、無理やり引き寄せた。
 この人混みではぐれたら、再会出来る気がしない。

「……腹が減ってるんだろ。まずは食いもんからだ。
 なんか気になるもんあったか?」

 人を掻き分け、脇道に逃げ込んでから、
 オレはユリアに問いかけた。

「ありました!
 あの、ドーナツにお肉が挟んであったのが気になって……」

「スイートサンドか。また甘いもんを……」

 ユリアをその場に待機させ、
 オレは彼の望むサンドが売っている屋台へ向かい、
 包みを2つ買って戻った。

「これでいいか?」

「はい!」

 ユリアに手渡したのは、スイートサンドと言って、
 キャラメルや、チョコレートソースの乗ったドーナツで、
 牛や豚のミートパティや、チーズ、野菜を挟んだものだ。

 個人的には、甘いかしょっぱいかどっちかにしろと言いたいが、
 祭りの日には、必ずと言っていいほど屋台が並び、子供達が列をなしている。

「あの、バンさん」

 オレは野菜サンドの包みを開けていた手を止めて、顔を上げた。
 ユリアが手渡された包みを見下ろして、
 途方に暮れている。

「どうした?」

「フォークとナイフは……」

「手で持ってかぶりつくんだよ。
 こうやって……」

 オレは自分のサンドを包みから半分だけ顔を覗かせると、
 思い切りかぶりつく。

 ほのかな小麦の甘さに続いて、
 葉物野菜のシャキッとした食感と、厚切りベーコンの旨味が口の中に広がった。

 口の端についた肉汁を親指の腹で拭って、
 ペロリと舐める。

 ユリアはオレの仕草に目をまん丸にして見てから、
 クスリと笑った。

「豪快ですね」

 お行儀の良い彼には、手掴みで食べることに抵抗があるらしい。
 彼はじっとチョコとキャラメルで濡れたドーナツを見つめてから、
 思い切った様子でそれを手に取った。

 大きな口を開けて、かぶり付く。
 すると、サンドの尻の方から肉汁が溢れ出てきた。

「あわわ、汁が……っ」

 慌ててユリアが手を突き出せば、
 地面にポタポタと脂が落ちた。

 続いて、彼はサンドを下から覗き込むようにして反対側にパクつこうとしたから、
 オレは思わず噴き出した。

「ったく、なんのための包みだよ。
 これを受け皿にして、少しずつ角度を変えて、バランスよく食べてくんだ」

「なるほど……」

 四苦八苦しながら、ユリアがサンドを口に運ぶ。

 とても幸せそうな顔をして食べる彼を横目に、
 チャチャっと最後の一口を口の中に放り込んだ。

 向こう側が透けていないベーコンを屋台で食べられるなんて思ってもみなかった。
 メティスはとても裕福な街だとあらためて思う。

「手、ベタベタになっちゃいました」

 サンドを平らげたユリアが、指を舐めながら言った。
 意外と適応力があるようだ。

「お前、口にチョコレートソースついてるぞ」

 オレは指でユリアの唇を拭う。
 すると彼は困ったように笑った。

「バンさん、僕は子供じゃありませんよ」

「あ、ああ、悪い、子供扱いしてるわけじゃないんだ。つい……」

「つい?」

「たくさん下にいたからさ」

 弟や妹たちにしていたから、自然と手が出てしまうのだ。

「下って、弟さんですか?」

「弟もいるし、妹もいる」

「バンさんは一番上?」

「そうだよ」

「ふぅん……」

 ユリアは少し嬉しそうにしてから、
 いつになく真剣な表情でオレを見た。

「バンさん。僕にたくさん甘えていいですからね」

「なに?」

「僕は甘やかされるのも好きですけど、
 あなたのこと甘やかすのも好きです」

「お、おう。どうした、突然」

 目を瞬かたオレに、ユリアはポケットから手巾を取り出した。
 それでもって、油で濡れたオレの手指を拭ってくれる。

「バンさんは、あんまり自分のして欲しいことを言ってくれませんけど、
 僕はもっと――」

「やっぱり、何でもありません」と苦笑して、彼は言葉を切り上げた。

 それから、オレの手を握り締めて、
 歩き始める。

 オレはユリアの少し伸びた襟足首を見つめた。
 癖っ毛なのか、クルンとカールしている。
 整えてやらねば、と思うが、
 彼は世話を焼く相手であると同時に、恋人だ。

「……お前のこと、頼りにしてないわけじゃねぇよ」

 ユリアが驚いたようにコチラを振り返る。

 オレは弟たちにも、もっと頼ってくれと言われていたのを思い出した。

「オレは、あんま自分のこと言うの苦手なんだ。だから」

 その手を握り返し、気恥ずかしさに視線を逸らすと続ける。

「……もう少し、言うようにするよ。
 とりあえず……今は、まあ、このまま希望」

 ユリアはキョトンとしてから、表情を綻ばせた。

「はい……!」

 ……なんだろうなあ。胸の辺りがムズムズする。

 そう言えば、恋人らしい恋人はユリアが初めてなのだと、
 オレは改めてそんなことを思った。

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