人狼坊ちゃんの世話係

麗しき僧服の男(7)

 よくよく話を聞けば、オレがユリアに教わった言語は、
 現在では古典文学でしか見掛けることがないものらしい。

「あー……そういうことか」

 オレは1人、納得した。
 話し言葉と読み言葉がここまで違うのかと何度も挫折しかけたが、
 そもそも口語ではなかったのだ。

 ユリアも気付いていなかったらしく、
 スヴェンの話を聞いて、目を丸くしている。

 そんな話をしていると、受付の男が戻ってきた。

「お待たせいたしました。こちらになりますね」

 差し出されたのは、見覚えのある革張りの本だった。

「良かったですね、バンさん」

「ああ、うん……」

 嬉しそうにするユリアに、オレは曖昧に頷いた。と――

「それでは、一等市民以上の住民票を確認させてください」

 受付の男の言葉にスヴェンがえっと声を上げた。

「滞在許可証ではダメなんですか?」

「街外の方ですか?
 それでしたら、所属する支部名を教えてください」

 オレたちは顔を見合わせた。

「支部名?」

「洗礼を受けた教会の名前が必要なんですよ」

「あー……」

 言葉を探して口籠もると、察してくれたのかスヴェンが続けてくれた。

「すみません、彼らは教会の人間ではなくて……」

「でしたら、こちらの本はお貸しすることは出来ません。
 貴重本ですから」

「館内で読むのもダメですか?」

「申し訳ございません」

「そこをなんとか……」

「スヴェン、もういいって。ありがとな」

 更に食い下がろうとしてくれたスヴェンを、オレは止めた。

「ですが……せっかくここまで来たのに」

「まあ、仕方ねぇよ」

 500年も前の本ならば、残っている冊数も少ないだろう。
 身分の保障か出来ない相手に貸し出しを断るのは、
 紛失や盗難のことを考えると当たり前だった。

「……そうですか。本当にすみません。お役に立てず。
 僕の名義で借りられたら良かったんですけど……僕は二等市民だから……」

「ここまで案内してくれただけで十分だって」

 そもそも読み終えるまでこの街に滞在は出来ないだろう。
 それに、本が無かったとなれば、
 この街を早めに出て行く理由になる。

「縁があれば、どっかでまた読めるだろ」

 肩を落とすスヴェンに笑ってみせる。
 するとユリアが目を輝かせて口を開いた。

「あの、それじゃあ、街の案内をお願いしてもいいですか?」

「ユリア?」

「お祭りなんでしょう?
 せっかくここまで来たんです。楽しんでから帰りましょうよ」

「……それもそうだな」

 一瞬、不安が過ったが、
 明日、朝一で街を出るなら問題ないだろうと考え直す。

「案内なら任せてください! 得意ですから!」

 スヴェンが小声で頷いた。  ――その時だ。

「どうかしたんですか?」

 凜とした美しい声が耳に届いて、オレたちは振り返った。
 見れば、白い僧服をまとった美しい男がこちらへ向かって歩いてくる。

 白銀髪をなびかせるその姿は、
 どんな賞賛も色褪せてしまうほど、神々しい。   「ジルベール様!」

 今にも跪く勢いで、スヴェンが声を上げた。

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