人狼坊ちゃんの世話係

麗しき僧服の男(6)

 何で忘れてたんだよ……!

 オレは自分を殴り飛ばしたい衝動に駆られた。

 傭兵時代に1度だけ立ち寄ったことがある。
 とある地方へ向かう途中のことだ。

 何一つ印象に残っていなかったのは、
 当時のオレにとっては、本も、祈りも、興味の対象では無かったからだろう。

 馬から下りると、スヴェンが2枚の羊皮紙を手渡してきた。

「どうぞ。こちらがお二人の滞在許可証です」

 スヴェンの話が、右耳から左耳へと抜けていく。

 どうする?
 今、すぐ、街を出るか? でも、もう入っちまったしな……

「それでは、宿屋に向かいましょう。
 僕の知り合いですから、良くしてくれますよ。
 荷物を置いたら、図書館へ出発です!」

「ありがとうございます!」

 スヴェンが気合いを入れるように、拳を振り上げる。
 ユリアも同じようにした。

 そんな彼らを前に、水を差すようなことは憚られた。

 何か起こってからでは遅いが、
 幸いユリアは銀には反応しないし、昼間も歩き回れるのだ。

 彼が夜の眷属だと、見抜ける輩はいないだろう。

 ……あの屋敷に来た奴らを除いて。

 屋敷を襲撃してきた異端処刑官たちは、
 ユリアをみている。
 しかし、あれほど視界の悪い場所で、
 しかも大きなケガをしながら、
 ユリアに関して、どれほどの情報を得ることが出来たかどうか……

 大したことはないはず、と思うのは希望的観測だろうか?

「それでは、後ほど。
 大通りの噴水広場で落ち合いましょう!」

「はい!」

 スヴェンと別れ、宿で手続きをしながら、
 オレはユリアに話すべきか悩み続け、
 結局、言い出せないまま、噴水広場に到着してしまった。

* * *

 スヴェンと再び合流し向かった先の図書館は、
 賑やかな大通りから外れた、静かな場所にあった。

 隣には、驚くほど立派な礼拝堂があり、
 正午を告げる澄んだ鐘の音が聞こえてきた。
 少し小腹が空く頃合いだ。

「メティスには、20近くの教会がありますが、
 中でもこの礼拝堂はとても歴史的価値が高くてですねっ……」

 噴水広場からの道すがら、スヴェンはずっとしゃべりっぱなしだった。
 ユリアはその一つ一つに大げさに感動し、頷くから、
 彼も話しやすかったのかもしれない。

 オレはと言えば、どう自然な流れで街を出るかしか考えていなかった。

「……と、すみません。色々と話してしまって」

 図書館の入口に辿り付くと、スヴェンは肩を竦めた。

「捜しているのは『デュランダルの詩』ですよね。
 あれは古い作品だから、閉架から出して貰う必要があるかも」

 緻密な細工の施された豪勢な扉を開き、
 図書館へ足を踏み入れる。

 中央には吹き抜けの階段があり、踊場には大きな宗教画が飾られていた。
 想像以上に広いフロアには、所狭しと背の高い本棚が並べられている。

「凄い本ですね……」

「この大陸一の図書館ですから」

 驚き立ち尽くすユリアに、スヴェンが胸を張る。
 それから彼はオレとユリアを連れてカウンターに向かった。

「すみません、『デュランダルの詩』の5巻を捜しているのですが」

「少々お待ちください」

 カウンターの男はオレたちに丁寧に頭を下げると、奥へと引っ込む。
 スヴェンはカウンターに腕を付いて、
 ニコニコしながらオレを振り返った。

「それにしても、バンさんは文学研究か何かをしているんですか?」

「なに?」

「古代スピキア語をわざわざ勉強してるなんて、
 よっぽど本が好きなんだなあって思ったんですけど……
 違うんですか?」

「古代……?」

 小首を傾げると、スヴェンも困った顔をした。

-120p-