人狼坊ちゃんの世話係

麗しき僧服の男(1)

 2人で馬を並べて森を出て、半日ほど経った夕刻……

「……ココ、何処だ」

 オレたちは、早々に道に迷った。

「おかしいですね。
 この道、一本道のはずなのに」

 コンパスと地図を見比べていたオレは、
 二股に分かれた街道を前にして不安を募らせた。

 もしかしなくても、この地図……
 間違ってんじゃねぇか?

 外に出て分かったが、地図に記されている道の数や形が、
 実際にあるものと比べて、違い過ぎる。
 加えて、森が広がっているはずのところに畑が出来ていたりするのだ。

 地図が間違っていては旅行どころではない。
 急いで新しいものを手に入れなければ。

「何処まで進んだのか分かんねぇけど……あそこの村で宿取るか。
 もう辺りも暗くなって来たし、馬も休ませねぇと」    オレは道の先に広がる緑の麦畑の、更に奥を指さした。
 街道に沿うように、ぽつねんと小さな村が見える。

「分かりました」

 頷いたユリアが、手綱を握り直す。
 ついで、ふと空を見上げて溜息をついた。

「……バンさん。空って本当に広いんですね。
 地平線の、まだ向こうまで続いてます。
 ああ……夕日が空に溶けてくみたいだ」

 頭上を鳥たちの群れが旋回し、薄紫の空から逃れるように飛んでいく。

 地平線にゆっくりと吸い込まれていく西日は、
 屋敷からでは見えない光景だった。

「凄いや……」

 色鮮やかな緑が、オレンジ色に染まる。
 畑仕事をしていた農夫たちの影が黒く伸びる。

 ユリアにとっては目の前の全てが新鮮で、
 とてつもなく大きく感じるのだろう。

「ユリア。行くぞ」

「あっ、はい!」

 声をかけなければ、
 いつまでも動きそうもなかった恋人を促して馬を進める。

 しばらく行けば、農夫たちが物珍しそうに道の方へ出てきた。

 彼らはオレたちを見ると、深々とお辞儀をした。
 どこかの貴族と――いや、正確にはユリアは貴族なのだが――思い違いをしているのかもしれない。

 屋敷を出る時、目立たないように最も地味な衣服をチョイスしたが、
 この辺りでは、まだ一般人に紛れ込むのは難しそうだ。

* * *

 目的の村に到着する頃には、もう辺りはすっかり暗かった。

 宿屋の看板は、村に入ってすぐに見つかった。
 オレたちは厩舎に馬を預け、宿の1階に併設されている食事処に向かう。

 扉を開けると、汗と油、煙草の煙、
 それから賑やかな喧騒が、むわっと襲いかかってきた。

「いらっしゃ――」

 店主だろう――ふくよかな中年女性がコチラを見やって、
 驚いたように目を見開く。

 ……目立っている。

 追い剥ぎがいるような場所には思えなかったが、
 目立たないに越したことはない。

 オレはユリアの腕を引くと、
 足早にカウンターの奥の席に着いた。

 さっきまで、かしましかった店内は
 水を打ったように静かになっている。
 じろじろと余所者を観察する視線……

 ユリアはと言えば、キョロキョロと店の内装を見たりしていて、
 周囲の様子には気付いていない。

「見かけない顔だね」

 ややもすると、常連らしい客との会話を切り上げ、
 緊張した面持ちで店主が声をかけてきた。

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