人狼坊ちゃんの世話係

陽だまりと地図(9)

「なに……?
 お前、屋敷から出られるのか?」

 オレは思わず問い返していた。

 以前、ユリアは、祖父の張った結界のせいで、
 この屋敷から出られないのだと言っていた。

 そんな孤独な彼を心配し、
 彼の叔父であるハルは、オレやセシルたちを
 この屋敷に連れて来たのだ。

「それなんですが、
 セシルとの一件で結界が壊れたみたいなんです」

「あー……」

 力を暴走させたユリアが、森の一部を吹き飛ばしたが、
 それにオレとヴィンセントは街中で気付いたのだっけ。

 結界が本来の役割を果たしていたのならば、
 あの時の全ては、深い森に隠されていただろう。

「そうか、そうか。出られるようになってたのか。
 なら、一緒に行こうぜ」

 オレは知れず声を弾ませて、間髪入れずに言った。

 意外だったのか、ユリアが目を見開く。
 だが、悩むまでもないことだ。

 セシルたちの旅の話を聞いている時、
 ユリアはとても楽しそうにしていた。
 その時からオレは、彼に外の世界を見せてやりたいと思っていたのだ。

 それに、彼の祖父がまた結界を張り直すのも時間の問題だろう。
 そうなってしまったら、次はいつ出られるか分からない。

「ってか、お前も行くなら、
 食事が必要なヤツはここにはいなくなるってことだ。
 だったら、買い物じゃなくて、もっと遠くまで行こうぜ」

「遠く?」

「そう。つまり、旅行だ」

「旅行……」

 ユリアが目を瞬く。
 やがて、驚きの表情は目映いばかりの喜色に変わった。

「ま、待っていてください! 今、地図を持ってきます!!
 この地方だけのではなくて、もっと……もっと大きなものを!」

 そう言うやいなや、ユリアは子供みたいに駆け足で部屋を出ていってしまう。

「あっ、おい、転ぶなよ!……って、聞いてねえな」

 オレはやれやれと頭をかきながら、
 すっかり忘れていたメイド長のことを思い出した。

 チラリと彼女を見やる。

 祖父から監視を頼まれているのなら、
 何かしらのアクションはありそうなものだが……

「バンさま」

「うおっ!?」

 急に言葉を発したメイド長に、オレは飛び上がるほど驚いた。

「…………なんだよ」

 オレたちを止めるか?
 それとも、祖父……または、ハルにでも連絡をするのだろうか。

 オレは静かに彼女の次の言葉を待つ。

 彼女はガラス玉のような目でオレを見つめてから、
 思わぬことに……深く頭を下げた。

「坊ちゃんを宜しくお願いします」   「あ、ああ」

 頭を上げると、彼女はチラともオレの方へは目もくれずに、
 部屋を出ていってしまう。

 彼女が何を考えているかは分からなかった。

 それでも、彼女がユリアを大切に想っているだろうことは、
 伝わってきた。

「……閉じ込められてる、か」

 ユリアは、その出生故にここに軟禁されていると思っていたが、
 もしかしたら、理由は……他にあるのかもしれない。

 オレは窓の外へと目を向けた。

 夜空では、たくさんの星が瞬き、
 階下には目を見張るばかりの美しい庭が広がっている。

 死の影が漂う、この小さな箱は、
 どこか歪な、愛の香りで満ちていた。

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