人狼坊ちゃんの世話係

陽だまりと地図(8)

* * *

 それから数日後、
 人狼との生活に慣れつつあった日常に変化の兆しが訪れた。

 夕方になる頃、
 厨房の手伝いに入っていたオレは、ユリアに呼び出された。

 衣服を正し、主人の部屋の扉を開く。
 中には、メイド長の姿もあった。

「バンさん……
 困ったことになりました」

 ソファに腰掛け、紅茶を飲んでいたユリアは、
 開口一番そう言った。

「困ったこと?」

 恋人の悲壮な様子に、オレはゴクリと喉を鳴らす。

 人狼のことがバレたのだろうか。
 それとも、ただれた生活が祖父の耳に届いて怒らせてしまったとか?
 『クビ』という単語が、重くのし掛かってくる……

「何が……あったんだ……?」

「それが……」

 肩を落としたユリアは、ギュッと手を握りしめてから、
 顔を上げた。

「いつもお世話になっている行商人の方が、
 ぎっくり腰をやってしまったらしくて」

「は……?」

「買い物が出来ないんですよ。
 なので、代わりの方が見つかるまでは質素な食事になりそうで。
 その上、今日からは、昼と夜のオヤツが
 なしになってしまいました……」

「オヤツなし……」

 意気消沈しているユリアに、
 オレは詰めていた息を吐き出した。
 それはもう、肺の中が空っぽになるほど。

「…………そんなことか」

「そんなことって!
 庭を見てくださいよ。
 今が1年で一番、緑が輝いていて、色とりどりの花が咲く時期です。
 そんな時に、お茶菓子がないなんて……」

 一人きりで屋敷に軟禁されていた彼にとっては、
 その2度のオヤツが、心慰める大切な時間になっていたのだろう。
 それにしても、優雅なことである。

「なら、オレが買い出しに行ってくるよ」

「え?」

 陽の光に弱い召使いたちを外に出すのは心配だ。
 だが、オレなら外の世界も知ってるし、馬にも乗れる。

 世話係たる者、主人の悲しみを断つのも使命だろう。

「街までの地図と、買い出しリストをくれ。あ、あと金。
 馬にくくりつけられねぇ量なら、馬車も用意してもらって……」

 メイド長がどうするかと問い掛けるようにユリアを見る。
 彼はしばらく悩んだと、小さく首を振った。

「……あなたを行かせるわけにはいきません」

「なんでだよ」

「なんでもです」

「甘菓子、食べたいんだろ?
 オレが行ってくりゃいい話だ」

「でも……バンさんと離れるだなんて……」

 再びの沈黙。
 やがて、ユリアは躊躇いがちに口を開いた。

「それなら……
 僕も、一緒に行きます」

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