人狼坊ちゃんの世話係

秘密(1)

 ――半年と言う時間が、あっと言う間に過ぎた。

「良い感じに水分抜けてるな」

 バラ園をぐるりと回ったオレは、籠の中からハサミを取り出すと、
 さっそく剪定を始めた。
 風通しを意識しつつ、枯葉、枯れ枝は見つけ次第すぐに取り除く。
 古い枝、向きの悪いものも一緒に切っていく。 

 半年間、毎日休みなく庭園に通っているだけあって手慣れたものだ。
 ここ最近は、ユリアの体調が悪い時などはオレ一人で手入れをするくらいには、
 任されるようになっている。

「よしよし、綺麗だぞ」

 目映い陽光の下で、美しく咲く青いバラは堂々としていて気品があった。
『花は裏切らないんです』とユリアが言っていたけれど、その通りだと思う。

「愛した分だけ綺麗に咲く、か。シンプルでいいよなホント」

 誰にともなく呟きつつ、ハサミを入れていく。
 ふいにピアノの音色が聞こえたのは、そんな時だ。

「……ったく、寝てろつったのに」

 今日のユリアは見るからに体調が悪かった。
 だから、一緒に庭に行くとだだをこねる彼を、わざわざ寝かしつけてから出てきたのだ。
 これは早く戻って、またベッドに追いやらなければならない。

「……あたっ」

 その時、指先に痛みが走った。
 バラの棘を刺してしまったようで、赤い血がプクリと盛り上がっている。

「ああ、もう、悪かったよ、世話してる最中に他の奴のことなんて考えて。
 でも、お前の主人のことだぞ? お前だって主人に会いたいだろ?」

 苦笑をこぼしながら、オレは手入れに戻る。
 庭にいる間中、優しいピアノの音色は止むことはなかった。

* * *

 庭園の世話を終える頃にはすっかり日も陰っていた。

 汗を流してから、坊ちゃんの部屋に向かえば、待ち構えていたかのように目の前で勢いよく扉が開いた。

「バンさん、お疲れ様です」

「お前な……寝てろっつったろーが」

「もう元気ですよ。ほら」

「っ……!」

 いつものようにユリアがオレを持ち上げる。
 気恥ずかしいものを感じながらも、オレはユリアの好きなようにさせた。
 時折頭を撫でれば、彼は心地良さそうに目を細める。

 オレはユリアの肩に顎を置いた。……胸がドキドキしている。

 半年一緒に過ごして、オレは彼が本当に裏表のない青年だということを知った。
 時折、甘えが過ぎることもあったけれど、彼の環境を思えば仕方がない気がする。

 ユリアは本当に一人ぼっちだったのだ。

 彼の保護者という祖父は、この半年屋敷に姿を見せることはなかった。
 オレが以前会った、ハルという叔父もしかり。

 大勢の使用人はいるが、彼らがユリアと会話をすることはない。
 徹底的に教育された使用人たちは、ユリアの視界に入らないよう努め、かつ、互いに会話することもなく、粛々と無表情で仕事をこなしていた。それはまるで、初めから存在すらしないかのように思えるほどだ。

 だから、ユリアがこうしてオレに触れたく思うのも仕方ないと思う。
 オレだって、こんな場所にいたら自分を保っていられない。
 温もりを確かめずにはいられない。

 ここは、檻だ。
 豪奢に飾り立てられた、虚飾の檻。
 ユリアはここに閉じ込められている……

「……あれ? 血の匂いがする」

 すんすんと小鼻を振るわせて、ユリアが俺の手を取った。

「大変だ。ケガしてるじゃないですか!」

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