人狼坊ちゃんの世話係

うたかたの(7)

「えっちなこと、しない……?」

 寝ぼけているのか、ユリアがぼんやりと繰り返す。
 ややあってから理解が追いついたのだろう、
 彼は素っ頓狂な声を上げた。

「エッチなことはしない!? なっ、なんで!?」

 勢いよく体を起こしたユリアに、
 オレは腕組みすると続けた。

「お前さ。昨日は何したか覚えてるか?」

「昨日? ええと、バンさんとエッチしました」

「一昨日は?」

「一昨日は書斎でエッチをして、
 寝室でも――エッチを……しましたね」

 ユリアの顔に戸惑いの色が滲んでいく。

「その調子で、ここ3カ月のこと思い出せるか?
 セシルたちが出て行った夜からのこと」

 沈黙が落ちる。

 俯いたユリアは、
 ハッと両手で口元を覆って、オレを見た。

「……バ、バンさん」

「なんだよ」

「僕、あなたとエッチしかしてません……!」

「正解だ!」

 オレは深く頷いた。

 発情期中の獣だって、
 こんなに乱れた生活は送っていないだろう。

「もともと誘ったのも、エロいこと仕込んだのもオレなんだけどさ。
 さすがに、もう少し節度ある交際をだな……」

「で、でも……恋人が求め合うのは、別に悪いことじゃないでしょう?」

「そりゃな。
 だが、いかんせんヤり過ぎっつーか、
 オレにも仕事があるし」

「あなたは僕の世話係ですよ」

「オレがお前と寝るのは仕事じゃねぇだろ」

「う……」

「そもそもさ、2人の思い出がセックスだけって、
 もったいないって思わねぇか?
 ほら、お前、前に一緒にいろんなことをして楽しみたい
 って言ってたろ?」

「確かに言いましたけど……」

「オレはお前にエロいこと教えて、
 お前はそれを一緒に楽しんでくれたわけだ。
 でも、オレは?
 せっかくお前が文字を教えてくれたのに、
 まだオレは、お前と本の話が出来てない」

 クビになるのは困る、という話は脇に置いといて、
 オレは続けた。

「これから、たくさん……
 お前との『いろんなコト』、叶えたいと思うんだ」

 本だけじゃない。ユリアの好きなピアノだってそうだ。
 オレがちょっとでも弾けるようになれば、
 1人じゃ出来なかった、新しい曲を奏でることも出来るだろうし……

「だから、しばらくエロいことは控える方向で」

「…………しばらくって、どれくらいですか」

 一拍置いてから、ユリアが不服そうに問うた。

「そうだな、ひとまず1週間くらいか……?」

「そんなにしなかったら、爆発しちゃいますよ!」

「じ、自分で抜けばいいだろ?」

「もうバンさんの中じゃなきゃイけません」

「そこは……頑張るってことで……」

 真剣に首を横に振る恋人に、オレは口の端を引き吊らせ、
 話を切り上げるべく、踵を返そうする。
 すると、背後から羽交い締めにするように抱きしめられた。

「お、おい、ユリアっ……」

「……100歩譲って、エッチは我慢します。
 でも、キスは? キスはしてもいいですよね?」

「……ダメだ」

 唇が触れたら、ベロを入れたくなる。
 ベロを入れたら、体を重ねたくなる。
 オレはその衝動を我慢する自信が、ぶっちゃけ、ない。

 ユリアに、我慢が出来なさ過ぎると言い放ったが、
 完全に自分のことは棚上げである。

「じゃあ、ほっぺたにちゅうするのは?」

「ダメ」

「じゃあ、耳!」

「もっとダメだろ!?」

「……僕、今日から生きていける自信がありません」

 悲壮な声が落ちる。
 振り返れば、ユリアはオレに首筋に顔を埋めて鼻を啜った。

「……しっかりしてくれよ」

「無理です……」

 オレは広い背中を撫でながら、天井を仰いだ。

「……手、なら、まあ、いいよ」

「舐めてもいいんですか!?」

「今、舐めるなんて話してなかったよな!?」

 勢い良く顔を上げたユリアに、オレは声を荒げる。

「キスだよ、キス! 手の甲にキスするのは、許すってこと!」

 ユリアは心底納得出来ない様子で、
 オレを見下ろした。

「……バンさんは平気なの?
 さっき、バンさんは自分で抜けばいいって言いましたけど、
 あなたは、僕とじゃなくてもイけるんですか……?」

「あっ……アホなこと言うな!」

 今度こそオレは話を切り上げ、ユリアの腕を振りほどいた。

「と、とにかく、そういうことだから!」

「バンさん!」

 逃げるように、ユリアの寝室を後にする。
 廊下を早足で歩きながら、オレは窮屈に感じる首元を手で弄った。

「……はぁ」

 知れず、溜息が唇から漏れ出る。

『僕とじゃなくてもイけるんですか』

 ……考えてなかった。
 イけなかったら、どうしよう。

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