麗しき僧服の男(2)
「ああ。旅の途中でさ」
オレは何処にでもある当たり障りのない食事を頼んでから、
上階を指した。
「宿に空きはあるか?
一晩、泊まりたいんだが」
「2部屋かい?」
「いえ、1部屋で大丈夫です」
オレが答える前に、こちらの会話に気付いたユリアが口を挟む。
「今、オレが話してるだろ」
「でも、2部屋って決まっちゃったら嫌ですから」
「お前なあ……」
「なんだい、2人でお忍びかい」
「えっ、いや、そうじゃなくて……」
店主が意味ありげな笑みを浮かべる。
オレはすかさず否定をしようとして……止めた。
概ね合っている。
「1部屋なら、すぐに用意出来るよ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、こっちの方さ。
こんなちんけな村の宿に泊まる客なんて、
数年見たことがないからね。商売あがったりだったところさ」
肩を竦めて、店主が踵を返す。
オレはその背に声をかけた。
「ああ、そうだ……ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「ん? なんだい?」
オレは袖でテーブルの上を拭うと、地図を広げた。
「この地図なんだけどさ、間違って……る、よな?」
「え? 間違ってるんですか!?」
ユリアが驚くのに、「たぶん」と頷く。
するとカウンター越しに、店主が地図を覗き込んで来た。
「これは……
間違ってるっていうより、古いんじゃないかね」
彼女は少しの間、小首を傾げてから、
常連客の一人に声を張り上げた。
「スヴェン! ちょっと、こっちに来とくれよ。
アンタ、頭いいだろう?」
「なんですか、頭いいって。
また肯定も否定もしづらいことを……」
ブツブツと文句を言いながら、
スヴェンと呼ばれた青年が、コチラに歩いてくる。
寝癖だらけの赤髪の男だ。
顔の中心にはそばかすが浮き、丸眼鏡の奥の目は糸のように細い。
「で、なにさ?」
「この人たちの持ってる地図、ちょいと見てあげてよ。
随分と古いみたいなんだ」
店主はそう言い置くと、今度こそ厨房の奥に引っ込んだ。
代わりに、スヴェンがオレの隣に座って地図に目を向ける。
「どれどれ……」
彼は鼻に乗せていた丸眼鏡を持ち上げたかと思うと、
顎に手をやり、おぉっと声を漏らした。
「……本当だ。もの凄く古い地図だね。
ほら、見てご覧。この右上にある紋章」
顔を上げて、スヴェンが地図の端を指で差す。
そこには、双つの斧が交差した紋章の印が押されていた。
「これ、リーヴ男爵のものだ」
「リーヴ?」
「そう。この大陸を教会が治めるずっと前の男爵だよ」
スヴェンは深々と頷くと、続けた。
「地図というのはね、一般人には作ることが禁じられた時代の権威の象徴なんだ。
つまり、公式に存在する地図の全ては時の為政者にチェックされている。
逆に言うと、紋章の記載がない地図はモグリだから、
正確性に欠けているってわけ」
「へえ……」
「それにしても、こんな地図で旅をしているなんて面白いね」
そう言って、彼はオレとユリアの顔を交互に見た。
目が細すぎて微笑んでいるように見えるが、正確な感情は読めない。
「君たち……まさか、時を超えて来たの?」