貴文と俺(4)
「ハーイ、オレデース」
佐藤があっけらかんと手を挙げる。
「てめぇっ……!」
顔を赤くして掴みかかろうとした彼の胸ぐらを、
貴文は横から掴み上げた。
「おべっかを使えとは言ったが、俺の面に泥塗る真似をしろとは言ってないよな?」
「こ、これは、話を合わせるためで……」
「お前の理由なんぞどーでもいい。
とりあえず、信頼回復するまで俺のサンドバッグになるっていうなら
許してやるけど?」
貴文が右の拳を振り上げる。
「ひっ……!」
貴文が胸ぐらを掴んでいた腕を話すと、彼は尻餅ついた。
そして這うようにして退き、走って屋上から出て行った。
「……クソが」
貴文が鬱陶しそうに溜息をつく。
すると、左右の恋人たちが貴文の両手をそっと手で包み込んだ。
「大丈夫? 貴ちゃん。指、痛くしてない?」
そう言って優しく口付ける。
俺は立ち上がると、へらりといつもの笑みを浮かべた。
「……そろそろ俺、教室に戻るよ。次、移動教室なんだ。パン、ありがとう」
「おう。また、明日もよろしくな」
「うん……」
開けっぱなしの扉に向かう。
「貴ちゃん、告げ口代ちょーだいよ」
「ああ。ほらよ」
「っひょー! 豪快! 太っ腹! 貴ちゃん、大好き!」
「ねえ、ねえ、貴ちゃん。今日はもう早退しちゃおう? せっかく天気いいのに教室で勉強とかかったるいしさぁ」
「さんせー。貴ちゃんち行きたいな~」
「じゃあ、帰るか」
「やったー!」
「あ、じゃあ、オレらも……」
「うぜえ」
「えー」
「貴ちゃんとシンミツな関係になりたければ、おっぱい付けといでね~」
かしましい会話を背に、俺は扉を閉める。
俺はふ、と詰めていた息を吐きだした。
(……バカな貴文)
告げ口して、告げ口されて。小遣い目当ての、友達ごっこ。
貴文は全部分かっていて、そんな環境を好いてる。
(早く、一人になってしまえ。そうしたら……)
昔と変わらず隣にいる俺の存在に気付いてくれる。
(……そんなわけ、ないか)
俺は男だから。やっぱり、彼の前を素通りすることしかできない。
その他大勢と、1ミリたりとも違わない。
その事実は、いつも俺を打ちのめす。