貴文と俺(3)
ひどーい、と二人の声が重なる。 無邪気な彼女たちに、殺意を覚えるほど、俺はどん底まで惨めな気持ちになった。 もちろん、そんな自分にもうんざりだ。 まるで、可愛いと言われることを期待していたみたいじゃないか。
「相変わらず、貴ちゃん、同性に辛辣過ぎ」
「幼馴染なんでしょ? もっと優しくしてあげなよー」
「幼馴染だろーがなんだろーが、男は男だろ」
「出たよ、貴ちゃんの男嫌い。 オレら、こーんなに従順に尽くしてるのにさ。なあ、ショータ?」
佐藤に肩を抱かれる。 身を竦め、そろりとその腕を逸らせば、貴文がニヤニヤしながら口を開いた。
「去勢してきたら、とびきり優しくしてやるよ」
そんな言葉に一瞬空気が固まり、次いでドッと笑いが起こる。
俺はゲラゲラ笑う貴文を盗み見てから目線を落とした。 彼と付き合いの長い俺は、今のが冗談ではないことを知っている。 出来ることなら男など片っ端から殺して回りたい―― それくらい自分以外の同性を疎ましく思っている気があった。
貴文がこうして取り巻きを連れているのは「許可」だ。 「傍に置いてやる」の許可。甘い汁を啜ってもいい、の許可。
そのために周りの男たちは彼に絶対服従する。 そんなものは阿呆らしいと思うまともな人間は、そもそも彼には近づかない。 貴文を取り巻く環境は酷く歪だ。
(前は、もう少しまともだったんだけどな……)
貴文の声に、昔の夏の日が重なる。 あの頃から、面影を見失うほど貴文は変わってしまった。
得も言えない寂しさを覚えた頃、 バンッと乱暴に屋上の扉が開く音が響いた。
「あ、いたいた。貴文~! 金貸してくれ!」
そう言って、取り巻きの一人の男が軽薄な笑みを浮かべて走り寄ってくる。
「父親にクレカ止められちゃってさ。 でも、今月彼女の誕生日で、プレゼント買わなくちゃならないんだよ!」
「はっ、またかよ。お前、先月もそう言って俺から金借りたろ」
苦笑とともに、貴文が立ち上がる。
「あれ? そうだっけ? まあ、いいじゃん、金持ちなんだから。 恵んでくれよ。貴文様サ――ぶへっ……!」
次の瞬間、貴文の拳が男の頬を直撃した。
鈍い音と共に、目を疑うほど吹っ飛んだ男子学生の姿に、 俺は思わず、うわっ、と呻き声を漏らしてしまう。
「な、なん、なんでっ、殴っ……」
鼻血を垂らして困惑する彼を、貴文は無表情で見下ろした。
「言いつけは守れよ」
「はっ、はぁっ!? 俺が、いつ言いつけを破ったって言うんだよ……!」
貴文は狼狽える彼を蹴り飛ばす。 慌てて頭を抱えて蹲った彼を、更に蹴り続けた。
「いっ、や、やめっ、んぶっ……!」
散々蹴ってから、貴文はバリバリに画面の割れた携帯を彼に向けて放った。 数秒後、携帯のスピーカーから下卑た笑いと共に声が聞こえてくる。
途端に、蹴られていた男子生徒の顔から血の気が引いていった。
『……警察の世話になりそうになったら、貴文の名前出せばいーんだよ』
「え、いや、これはっ……」
『この間も、それでなんとかなったし。実際、ヤクくらいアイツもやってっしょ? 嘘にはならねーじゃん。あはっ、バレねーよ。お前もやれやれ。へーき、へーき。 ……にしても、アイツの名前、っつーか、オヤジ? まぢ、半端ねーよ。 武器売ってんだろ? アニメかよって言う。 あー、うちのは点でダメ。役に立たないどころか……』
「だ、誰だよ、こんな録音するとかっ!? 卑怯だぞ!!」