こんなもの愛じゃない。のに、(2)
「……なんで」
「お前が電話に出ねえから」
貴文だった。なんだか少し疲れた顔をしている。
「そういう問題じゃないだろ。玄関、鍵かかってたはずだ」
「無理矢理開けた」
「信じられない……」
呆然とする俺に、貴文が歩み寄ってくる。
俺は慌てて布団に潜り込んだ。
会いたかったとは言った。でも今は最悪なタイミングだ。
「勝手に入ったのは、悪かったよ。
でも、どうしても話したいことがあるんだ」
「話したいこと?」
「ああ。聞いてくれるまで、帰らねえ」
俺は粘ついた白濁を手のひらで握りしめると、嘆息した。
「……分かった。聞く。話したら、出て行ってくれ」
「付き合ってた女とは、別れた。全員。お前がいいから」
「……?」
俺は瞬きを繰り返してから、のそりと上掛けをめくる。
ベッドのそばに座り込んだ彼は、
見たこともないような柔らかな表情を浮かべていた。
「……お前はさ、どんな時に愛を感じる?」
「愛?」
「俺は、今まで……愛されてるって感じたことがなかった。
恋人も、母親も、父親も、たぶん俺を愛してくれてるんだと思う。
なのに、俺には分からない。どんなことされても……
抱きしめられても、愛してるって言われても、まるで響かないんだ。
でも、死ぬほど愛されてるんだって感じた瞬間ができた」
貴文の手が俺の頬に触れる。まるで、ガラス細工に触れるように、そっと。 ドキリと胸が高鳴る。
「……その瞬間って?」
彼は微笑んだ。
頬を紅潮させて、優しげな笑みで……それは、とても歪んでいた。
「お前が、俺のために我慢する顔、最高だったよ。
俺に嫌われるのが嫌で、佐藤たちのこと受け入れた時のこと……
思い返すだけで、胸が震える」
「な、んだよ、それ……」
この男は何を言ってるんだ?
得体の知れない恐怖に襲われて、舌が攣る。
「こんな気持ち、初めてだった。
胸がドキドキした。苦しくて……
お前のこと、絶対に手放したくないと思った。愛してるんだ」
「そんなの、愛じゃない」
「だけど、俺には愛なんだよ」
そう言い切った貴文は、まるで夢見るように目を輝かせていた。
「……お、お前のそれは、俺のことが好きなわけじゃない。
お前のことが好きな俺を好きなだけだろ」
「何が違うんだ?」
貴文がきょとんとする。
俺は不気味なすれ違いを感じながら、言葉を続けた。