貴文と俺(1)
俺の生物学的性はオスだ。性自認もオスで、性表現もオス。
でも、性的嗜好は……たぶん、パンセクシュアル。
たぶん、というのは、「男でも女でもこだわらない」というより、
貴文に関してのみ「男でも女でも構わない」ってことで、
厳密には違うかもしれないからだ。
俺はもう13年くらい、叶うはずのない恋をしている。
* * *
昼休みを告げるチャイムが鳴ると、俺は足早に購買へ向かった。
賑わう学生たちに揉みくちゃにされながら、
並んだ惣菜パンと菓子パンを可能な限り手に取る。
「翔太。お前、まだ貴文の犬してんの」
クラスメートに声をかけられたのは、レジに並んでいる時だった。
俺はちらりと後ろを振り返ると、態とらしく肩をすくめてみせる。
「犬って酷いな。頼まれたから買い出しにきてるだけだよ」
「その量、貴文の分だけじゃないよな。アイツのゴミみたいな取り巻きの餌もだろ。
……毎日、毎日、よくやるよ。
あんな奴らと付き合っていられるほど、特進クラスは甘くねえからな」
「あはは……」
俺は曖昧に笑って話を切り上げた。前を向いて眼鏡の位置を直す。
それから会計を済ませ、そそくさと屋上へ向かった。
(……ゴミって。本当、酷い言いようだな)
小中高一貫、某私立大学系属校のココでは、生徒の質はピンキリだ。
政治家や一線の実業家を親に持ち金だけはある問題児と、
国内最高と言われる難関受験をクリアして入学してきた生徒が
一緒くたに生活している。
貴文の取り巻きは前者だ。もっと言えば、貴文自身も前者に属する。
一方、俺はお受験組みだ。
といっても、品行方正というわけじゃない。
俺は悪くもなれず、真面目にもなれず、中途半端に平凡な男子生徒だった。
成績だって下から数えた方が早い。
「立ち入り禁止」と書かれた張り紙付きのハードルをまたいで扉を開けると、
爽やかな風とともに、賑やかな笑い声が聞こえてきた。
抜けるような青空の下、
制服をだらしなく着込んだ五、六人の男女が
コンクリートの床に座り込んで話しているのが目に入る。
「貴文、待たせてごめん。買ってきたよ」
俺が声をかけると一斉に生徒たちの目がコチラを向いた。
ついで一人が軽く手を上げた。貴文だ。
「おう、翔太。ありがとな」
親しげな笑顔を浮かべて俺をこまねく彼は、
ハーレムの主人のように女生徒を二人、両脇に侍らせている。
(櫻井さんと山岸さん……そうか、今日は水曜日だもんな)
日ごとにローテーションで変わる恋人の姿に、俺は今日の曜日を思い出した。
水曜日の女たちは、これみよがしに貴文の逞しい腕に絡みつき、
互いに牽制し合っていた。目障りなこと、この上ない。
俺は二人の様子から目をそらすと、ニコリともせず彼らに歩み寄った。