胸騒ぎ(2)
* * *
俺は背を丸め、ひたすら足先を見つめて購買を目指して歩いた。
すれ違う全ての目が気になって仕方がない。
「姿勢悪いな。ちゃんと真っ直ぐ歩けよ」
知れず、庇うように胸元を抑えると、バンッと貴文に背を叩かれた。
俺は一瞬背筋を伸ばして、すぐに元に戻ってしまう。
そんなことを繰り返しているうちに、購買に辿り着いた。
いつもの通り、長蛇の列が出来ていて、店の中は生徒で埋め尽くされている。
「さっさと買って食おうぜ」
「う、うん……」
貴文は嫌という程視線を集めていた。
珍しいのもあるだろうし、とにかく彼の見目は目立つのだ。
平均よりもずっと背が高いし、
モデルみたいに整った顔形に、切れ長の目には力強い光が宿っている。
ある意味、彼が隣にいることで俺への視線は減っているのだが、
自分とは関係ないところで目立つというのは居心地が悪い。
気にしない、気にしないと心の中で唱えながら列に並ぶ。
人混みを掻き分け割り込みを企てた男子生徒の肘が胸に当たったのは、そんな時だ。
「……っ!」
息を飲む。 驚いたのは、男子生徒も同じで、彼はぎょっとして俺を振り返ると怪訝な顔をした。
柔らかな感触が、胸のそれだと分かっただろう。
しかし振り返ってみれば、いたのは男の俺だ。
俺は肩を丸め、意味もなく前で腕を組むと目線を爪先に落とす。
ダラダラと脂汗が吹き出て、顔が熱くなった。
見ないでくれ。俺を見ないで。
ブレザーの下の、レースでゴテゴテの下着がもしも彼に感づかれてしまったら?
みんなは、俺を冷たい眼差しで見るだろう。
それから、膨らんだ胸に混乱して……その後は、どうなるのか想像すらできない。
「おい。割り込みしてんじゃねえよ」
そんな時、貴文が未だ不躾な視線を向けてきていた男に険しい眼差しを向けた。
苛立たしげに紙袋を握り締める。ぐしゃっと音を立つ。
「あっ、一条……! わ、悪気は無かったんだ、すぐ並び直すから」
男子生徒が、そそくさと去って行った。
(もしかして……かばってくれた、のか……?)
隣で鼻を鳴らす貴文を見上げた。
俺の視線に気付くと、彼はニッと口の端を持ち上げる。
「お前、そろそろ言い訳考えておけよ。たぶん、バレるから」
ぼそりと告げられた言葉に息を飲む。
彼はゲラゲラ笑った。
俺は息を潜めて、
ただただ貴文が周囲に俺の秘密をバラさないように、と念じた。