憧れと恋心(3)
大きな音が立ち、教室に緊張が走った。
俺も言葉を飲み込んだ。
貴文が物を投げるほど怒った姿は、今まで見たこともない。
「なっ、なんだよっ、突然キレるとか! や、やるのか!?」
一人が拳を握って、足を踏みならす。
すると、貴文は涼しげな眼差しを彼らの足元に向けた。
「……そんなに、踏んだりしない方がいいよ。
君の足の下に、欲しがってたカードがあるから」
「は?」
きょとんとした男子が足を退ける。
そこにはクラスで流行っていたゲームのカードが一枚があった。
貴文が投げつけたランドセルから落ちたのだろう。
ギョッとしたのは男子グループの彼らだ。
それは、喉から手が出るほど欲しい、決して子供の財力では手に入らない幻のカードの一枚だった。
「俺、あと6枚レア持ってるんだ。欲しければやるけど」
貴文は薄く笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「は……はあ!?」
「ただし、二度と俺の両親のことは何も言うな」
微笑みながら告げられた声は、クラスの温度が凍り付くほど冷たい。
「バ、バカじゃねーの! そんなことっ……」
男子が顔を見合わせる。
戸惑いと、心の探り合いが繰り広げられ……
「俺、もう言わないよ!」
一人が、床からカードを拾い上げた。
……その瞬間、カードの取り合いが始まった。
つまらない中傷より彼らにとってはレアカードの方がよっぽど価値があった。
「良かった」
「お、俺は、いらねぇからな!」
「なぁ、なぁ、貴文。お前のコレクション見せてよ。
俺ら、お前の見せてもらったことないし」
「もちろん。それじゃあ、放課後みんなでトレードしない?」
「賛成!」
「え、あ、おい、待てよ……っ」
その日から、貴文は変わった。
以前のような人気者とは違う……どちらかといえば、王者のような立ち位置に。
彼は徹底的に自分の地位を確立した。
自分に対立するやつは金で懐柔し、
それにのらないやつは周りの生徒を使って追い詰めて徹底的に潰した。
学年の流行りは、貴文が作った。
彼に従わないやつは軒並み仲間外れにされた。
そして、従うやつには、彼は湯水のごとく金を使った。
「俺にも金さえあれば」と言った奴がいたけど、
金だけで支配するのは並大抵なことじゃないだろう。
俺には到底真似はできない。
彼の新しい父親も、後押しした。
彼の父は学校に寄付をし、自治会に寄付をし、子供会にも莫大な金を払った。
みんな、金の前に膝を折った。
そもそも貴文の親は悪い人というわけではない。
ただ、なんとなく『金持ち』『かなりの年の差再婚』に反感を覚え、中傷していただけなのだ。
こうして6年になると、貴文は学級委員になった。
そして、中学では生徒会長に君臨し、そして、高校生になった。
俺は、彼の庇護下で学校生活の大半を過ごした。
貴文の雑用係をいじめる奴はいない。
『彼が俺を助けてくれたように、俺も彼の役に立ちたい』
俺はいつしか彼の役に立つことに、自分の人生の意味を見いだしていた。
今は、その他大勢と同じだとしても、もっと役に立てれば彼の特別になれる。 想いは通じる。
しかし、悲しいことに俺は男だ。
恋人のように彼を満足させることはできない。
中学の頃、男は嫌いだと明言した貴文は、全く男にプライベートの話をしなくなった。
俺は滑稽なまでに彼のために、奔走した。
けれど、頼まれることと言えば精々雑用係で、代替ができるものばかり。
それが悔しくて、悔しくて、たまらなかった。
――でも、今は違う。
俺はもっと深く、物理的に彼の役に立てる。